すべること・ころぶこと
DVD『人志松本のすべらない話 其之四』がすでに発売されている。
この巻では同番組の第7弾(2006年9月26日放送)と年末拡大
スペシャル(同年12月29日放送)の分を収録している。
その中の、本放送では未公開だったネタにおいて興味深いものがあった。
ネタばれになってしまうが、どうかお許しいただきたい。
これから観る予定の方々は願わくば今回の記事は読まないでほしい。
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では書く。
語り手はスピードワゴンの小沢一敬(かずひろ)。
彼の幼なじみである某男性は、12才年上の女性とめでたく結婚したが
時が経つにつれて当初の愛情も徐々に薄れ、関係は今やすっかり冷えきっていた。
夫婦間では会話もロクに交わさない。
一粒種の幼き娘は、それが家族の日常の光景であると受け止めているフシがある。
このままでは娘の教育上良くないと判断した夫婦は、せめて娘の前では
仲の良い夫婦として過ごそうではないか、という取り決めを持つ。
ある日家族三人連れ立って、買い物に出かける。
これまでにない「イベント」に俄然テンションが上がる娘。
はしゃぐあまり、はずみでステンと転ぶ。
それを見た夫婦、思わず声を上げて朗らかに笑った。
娘はそれ以来、よく「転ぶ」女の子になってしまった、というのだ。
小沢がその家族と共にキャンプに出かけた時のこと。
彼と、その幼なじみである男性が些細なことから口喧嘩を始め、楽しいはずの
場の空気が次第に険悪な雰囲気になろうとしていた。
その時娘が、何の脈絡もなく二人の目の前でいきなり転んでみせた、と。
子供は、親の喜ぶ顔が見たいと願う。
親を喜ばせることなら何でもする。
自分が転んで親が笑顔になるのなら、いくらでも転ぶ。
親を喜ばせることの喜びを知ってしまった娘。
今後もことあるごとに全力で「転び」続けるかもしれない。
情景としては面白いのだが、どこか物悲しい話だ。
番組の収録後、自分の披露したエピソードがもとで場が微妙な空気になっている
のを読み取った小沢は、ネタ選びに失敗したかな、としきりに反省していた。
しかし松本人志は「いや、これも(すべらない話的には)アリやと思うで」と
小沢を擁護していた。
さもありなん。
この空気こそ、他でもない松本人志の真骨頂。
かつて『ダウンタウンのごっつええ感じ』において披露した、半ば伝説と
化している名作コント『トカゲのおっさん』。
そして映画『大日本人』。
共通するのは、悲しみと笑いの同居。
可笑しいと感じる事柄は、どこかに悲しみの感覚を帯びている。
松本自身がずっと追究してきたテーマのひとつであろう。
小沢のこのエピソードが醸し出す独特のトーンは、きっと松本にとっても
大好物であるはずだ。アリやと思うで、という言葉は決して小沢を慰めるため
だけのものではない。彼なりの賛辞だと思う。
『すべらない話』はストーリーそのものの力で笑いをとる、という
いわば“話芸の力比べ”的な場であるが。
笑いの方向性にも多様性を感じることのできる、非常に希有な番組である。
笑いとは、求道的なものだ。
この巻では同番組の第7弾(2006年9月26日放送)と年末拡大
スペシャル(同年12月29日放送)の分を収録している。
その中の、本放送では未公開だったネタにおいて興味深いものがあった。
ネタばれになってしまうが、どうかお許しいただきたい。
これから観る予定の方々は願わくば今回の記事は読まないでほしい。
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では書く。
語り手はスピードワゴンの小沢一敬(かずひろ)。
彼の幼なじみである某男性は、12才年上の女性とめでたく結婚したが
時が経つにつれて当初の愛情も徐々に薄れ、関係は今やすっかり冷えきっていた。
夫婦間では会話もロクに交わさない。
一粒種の幼き娘は、それが家族の日常の光景であると受け止めているフシがある。
このままでは娘の教育上良くないと判断した夫婦は、せめて娘の前では
仲の良い夫婦として過ごそうではないか、という取り決めを持つ。
ある日家族三人連れ立って、買い物に出かける。
これまでにない「イベント」に俄然テンションが上がる娘。
はしゃぐあまり、はずみでステンと転ぶ。
それを見た夫婦、思わず声を上げて朗らかに笑った。
娘はそれ以来、よく「転ぶ」女の子になってしまった、というのだ。
小沢がその家族と共にキャンプに出かけた時のこと。
彼と、その幼なじみである男性が些細なことから口喧嘩を始め、楽しいはずの
場の空気が次第に険悪な雰囲気になろうとしていた。
その時娘が、何の脈絡もなく二人の目の前でいきなり転んでみせた、と。
子供は、親の喜ぶ顔が見たいと願う。
親を喜ばせることなら何でもする。
自分が転んで親が笑顔になるのなら、いくらでも転ぶ。
親を喜ばせることの喜びを知ってしまった娘。
今後もことあるごとに全力で「転び」続けるかもしれない。
情景としては面白いのだが、どこか物悲しい話だ。
番組の収録後、自分の披露したエピソードがもとで場が微妙な空気になっている
のを読み取った小沢は、ネタ選びに失敗したかな、としきりに反省していた。
しかし松本人志は「いや、これも(すべらない話的には)アリやと思うで」と
小沢を擁護していた。
さもありなん。
この空気こそ、他でもない松本人志の真骨頂。
かつて『ダウンタウンのごっつええ感じ』において披露した、半ば伝説と
化している名作コント『トカゲのおっさん』。
そして映画『大日本人』。
共通するのは、悲しみと笑いの同居。
可笑しいと感じる事柄は、どこかに悲しみの感覚を帯びている。
松本自身がずっと追究してきたテーマのひとつであろう。
小沢のこのエピソードが醸し出す独特のトーンは、きっと松本にとっても
大好物であるはずだ。アリやと思うで、という言葉は決して小沢を慰めるため
だけのものではない。彼なりの賛辞だと思う。
『すべらない話』はストーリーそのものの力で笑いをとる、という
いわば“話芸の力比べ”的な場であるが。
笑いの方向性にも多様性を感じることのできる、非常に希有な番組である。
笑いとは、求道的なものだ。





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