観音様の言う通り
マルサも動いた! “財界トップ”キヤノンの黒い疑惑(前編)
マルサも動いた! “財界トップ”キヤノンの黒い疑惑(後編)
(日刊サイゾーより)
私はキヤノンが好きだ。
(↑企業名においては「キャノン」ではなく「キヤノン」と表記するのが正式)
製品そのものにも、企業イメージにも、おおむね好感を持っている。
canon製品はこれまで数々使用してきた。プリンタ、スキャナ、デジカメ。
いずれも機能やデザイン等申し分ない水準を保っていて、満足していた。
デジカメは大賀玄米所有のIXYを現在借りて使わせてもらっている。
すんませんもう少し借ります。
古いMacユーザにとってはかつてキヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)
という社名でApple製品の日本における総販売元(代理店)として親しまれて
きた経緯がある。直営の販売店「ゼロワンショップ」は私の憧れの場だった。
ただし実際に足を踏み入れるには敷居が高すぎた。
Macがまだ途方もない価格で売られていた時代のこと。
その名残からか、canon製品は現在も総じてMacとの親和性が高い。
ともすれば「Mac未対応」の一言で片付けられてしまう周辺機器の世界。
同社製品はドライバの更新等も地道にサポートが継続していたりして
会社のMacに対する真摯な姿勢が窺える。
私は以前に某関東地方のcanonの工場で勤めたこともあり、ほんの少しでは
あるが、同社のものづくりの様子を内側から眺めることができた。
詳しくは書けないが、ずいぶんと勉強になることも多かった。
これまで私の送ってきたデジタルライフ及びリアルライフは、canon製品
(なおかつキヤノンという企業)によって支えられてきたといってもいい。
いくら感謝してもしきれない。
そんなキヤノンの名前を、こういう形で目にするのはなんだか寂しい。
大分キヤノンは同社のデジタルカメラ部門の中枢であり、地元の人々にとっては
貴重な「雇用」の供給先として非常に大切な存在になっている。
大分に、キヤノンあり。
そして、御手洗さんの出身地でもある。
そこを巡っての、疑惑。
日本を代表する経済人ともなれば、叩けば埃も朦々と舞い上がるかもしれない。
真相はわからない。今後着々と解明が進められていくのだろう。
私個人は、この件が大分の人々の生活に何らかの影響を被るような事態にまで
発展しないかどうか、危惧している。
地方の経済は、ほんの一握りの企業が握っているケースが多い。
会社が、地方財政の大半を担っているという構図。
すなわち企業の命運が、地元の人々の生活に直結するという危うさ。
私の出身地である筑豊の歴史を見れば、すぐにわかる。
経営者は、経営そのものよりも、そういった巨大な「責任」と闘うことが
主な業務になると思う。
会社自体は、組織さえきちんと機能していれば、回り続ける。
企業が、社会をつくる。
企業が傾けば、社会も傾く。
素晴らしい製品を生み出しているにもかからわず、思いがけない要因で
傾いてしまうなどという不条理的な状況を。
大半が地元の人々であろう従業員達に、決して味わわせてはならない。
キヤノンの創立者の吉田五郎は、観音菩薩を信仰していたところから
商品名を「KWANON」としたらしい。それがcanonの始まりとされる。
御手洗さんは今回の事態を受けて、観音様に祈りを捧げるのだろうか。
マルサも動いた! “財界トップ”キヤノンの黒い疑惑(後編)
(日刊サイゾーより)
私はキヤノンが好きだ。
(↑企業名においては「キャノン」ではなく「キヤノン」と表記するのが正式)
製品そのものにも、企業イメージにも、おおむね好感を持っている。
canon製品はこれまで数々使用してきた。プリンタ、スキャナ、デジカメ。
いずれも機能やデザイン等申し分ない水準を保っていて、満足していた。
デジカメは大賀玄米所有のIXYを現在借りて使わせてもらっている。
すんませんもう少し借ります。
古いMacユーザにとってはかつてキヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)
という社名でApple製品の日本における総販売元(代理店)として親しまれて
きた経緯がある。直営の販売店「ゼロワンショップ」は私の憧れの場だった。
ただし実際に足を踏み入れるには敷居が高すぎた。
Macがまだ途方もない価格で売られていた時代のこと。
その名残からか、canon製品は現在も総じてMacとの親和性が高い。
ともすれば「Mac未対応」の一言で片付けられてしまう周辺機器の世界。
同社製品はドライバの更新等も地道にサポートが継続していたりして
会社のMacに対する真摯な姿勢が窺える。
私は以前に某関東地方のcanonの工場で勤めたこともあり、ほんの少しでは
あるが、同社のものづくりの様子を内側から眺めることができた。
詳しくは書けないが、ずいぶんと勉強になることも多かった。
これまで私の送ってきたデジタルライフ及びリアルライフは、canon製品
(なおかつキヤノンという企業)によって支えられてきたといってもいい。
いくら感謝してもしきれない。
そんなキヤノンの名前を、こういう形で目にするのはなんだか寂しい。
大分キヤノンは同社のデジタルカメラ部門の中枢であり、地元の人々にとっては
貴重な「雇用」の供給先として非常に大切な存在になっている。
大分に、キヤノンあり。
そして、御手洗さんの出身地でもある。
そこを巡っての、疑惑。
日本を代表する経済人ともなれば、叩けば埃も朦々と舞い上がるかもしれない。
真相はわからない。今後着々と解明が進められていくのだろう。
私個人は、この件が大分の人々の生活に何らかの影響を被るような事態にまで
発展しないかどうか、危惧している。
地方の経済は、ほんの一握りの企業が握っているケースが多い。
会社が、地方財政の大半を担っているという構図。
すなわち企業の命運が、地元の人々の生活に直結するという危うさ。
私の出身地である筑豊の歴史を見れば、すぐにわかる。
経営者は、経営そのものよりも、そういった巨大な「責任」と闘うことが
主な業務になると思う。
会社自体は、組織さえきちんと機能していれば、回り続ける。
企業が、社会をつくる。
企業が傾けば、社会も傾く。
素晴らしい製品を生み出しているにもかからわず、思いがけない要因で
傾いてしまうなどという不条理的な状況を。
大半が地元の人々であろう従業員達に、決して味わわせてはならない。
キヤノンの創立者の吉田五郎は、観音菩薩を信仰していたところから
商品名を「KWANON」としたらしい。それがcanonの始まりとされる。
御手洗さんは今回の事態を受けて、観音様に祈りを捧げるのだろうか。





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