スネークマンは脱皮を続ける
音と映像で音楽の足跡をたどる 「ベストヒットUSA」司会・小林克也さん(MSN産経ニュースより)
我々の世代にとって小林克也といえば、偉大なる恩師のような存在である。
そして『ベストヒットUSA』という番組は、その恩師が立つ教壇のようなもの。
神聖な道場であり、生徒(視聴者)にとってはまさに至福の時間だった。
だった、と表現してしまうのは良くないのかもしれない。
同番組は現在もなお放送され続けている。
が、残念ながら私は観ていない。
BSは契約していないし、深夜3:10までには起きていられない。
そんなことでいいのか。
いいのだ。
元気でお仕事さえ続けていてくれれば。
仕事の内容そのものはどうでもいい。というのは極論か。
昨年、入院した(後に胃がんと判明)と聞いたときにはさすがに肝を冷やした。
小林克也という存在が消えるということなど、考えもしなかった。
でも、当然ながらその可能性はある。誰にでも。
唐突だが恩師の公式ページ(特に日記)は面白い。
『ベストヒットUSA』は当時、貴重な洋楽の情報源であり、重要な音源の
ソースであった。
30分番組だったので、曲をまるごと流すことはできない。
が、番組中に時おり1曲だけはラストまで流すこともあった。
高校生の私はテレビの前に夜な夜な陣取り、ビデオデッキの録画ボタンに
手をかけてそんな瞬間を待ち構えていたわけだ。
私はプロモーションビデオ映像のコレクターだった。
そして収録曲は最初から最後まで入っていなければ意味がない、と考えていた。
そんな中で特に印象に残っているもののひとつが、この曲。
U2 - Pride (In the Name of Love) - 1984
再生回数1,886,351。
世界中のこれだけの数の人々が、私と同じ思いを抱いているのかもしれない。
洋楽なんて言葉がなくなればいいと思う。
J-POPだの洋楽だのと区別する必要のない状況になれば。
たとえ歌詞が英語であったとしても、日本語であったとしても。
意識することなく楽しめる、そんな感覚がもっと世の中に普及すれば。
小林克也は、ずっとそれを追い求めてきた人だと思う。
そして私も、その志を受け継いでいきたい。私なりに。
我々の世代にとって小林克也といえば、偉大なる恩師のような存在である。
そして『ベストヒットUSA』という番組は、その恩師が立つ教壇のようなもの。
神聖な道場であり、生徒(視聴者)にとってはまさに至福の時間だった。
だった、と表現してしまうのは良くないのかもしれない。
同番組は現在もなお放送され続けている。
が、残念ながら私は観ていない。
BSは契約していないし、深夜3:10までには起きていられない。
そんなことでいいのか。
いいのだ。
元気でお仕事さえ続けていてくれれば。
仕事の内容そのものはどうでもいい。というのは極論か。
昨年、入院した(後に胃がんと判明)と聞いたときにはさすがに肝を冷やした。
小林克也という存在が消えるということなど、考えもしなかった。
でも、当然ながらその可能性はある。誰にでも。
唐突だが恩師の公式ページ(特に日記)は面白い。
『ベストヒットUSA』は当時、貴重な洋楽の情報源であり、重要な音源の
ソースであった。
30分番組だったので、曲をまるごと流すことはできない。
が、番組中に時おり1曲だけはラストまで流すこともあった。
高校生の私はテレビの前に夜な夜な陣取り、ビデオデッキの録画ボタンに
手をかけてそんな瞬間を待ち構えていたわけだ。
私はプロモーションビデオ映像のコレクターだった。
そして収録曲は最初から最後まで入っていなければ意味がない、と考えていた。
そんな中で特に印象に残っているもののひとつが、この曲。
U2 - Pride (In the Name of Love) - 1984
再生回数1,886,351。
世界中のこれだけの数の人々が、私と同じ思いを抱いているのかもしれない。
洋楽なんて言葉がなくなればいいと思う。
J-POPだの洋楽だのと区別する必要のない状況になれば。
たとえ歌詞が英語であったとしても、日本語であったとしても。
意識することなく楽しめる、そんな感覚がもっと世の中に普及すれば。
小林克也は、ずっとそれを追い求めてきた人だと思う。
そして私も、その志を受け継いでいきたい。私なりに。





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