【VIDEO】dan le sac vs Scroobius Pip - Thou Shalt Always Kill(日本語字幕)

ビートルズらをこき下ろした歌詞で話題の「Thou Shalt Always Kill」日本語字幕PVひろぶろより)

ビートルズらを「こき下ろして」いるわけではない。
みだりに神格化(特別視)してはならない、と言っているだけ。
評価が固定してしまった「スタンダード」を無条件に受け入れるな、と。
個人の審美眼を通した上で自らが価値のあるものと認めるものを選び取れ、と。
至極真っ当な意見である。

新たなるポップミュージックの創造を考える際、ビートルズの影を無視するのは
至難の業である。
見事に完成されてしまっているのだ。
他の要素を少しでも足したり引いたりすれば、たちまちバランスが崩れてしまう。
まさに存在そのものが奇跡のようなグループ。

ただ、まったく新しい領域へ向かうには、その揺るぎなきスタンダードから
いったん距離を置くべきではないか、と私はつねづね考えてきた。
親を愛するがこそ、親と同じような人生は歩まない。
そういう心意気がすなわちロックなのではないか、と。
そうやって悪戦苦闘してきたのが、私の音楽の歴史である。

しかしここ最近の私は、そういう考え方もしなくなりつつある。
私がビートルズを好きなのは、世の認めるスタンダードであるためか。
否。
私が、素晴らしいと認めたためである。

私が知った時点ですでにビートルズはスタンダードだった。確かに。
ミーハーな面もある。特に当時は音楽であれば何でも手当たり次第に聴いていた。
その大半は記憶から消えていった。
残ったものにこそ価値があると思う。
中でもビートルズの楽曲は、圧倒的に多くの回数を耳にしたはずだ。
思えば、繰り返し聴きたくなる曲というのがいかに少ないことか。
私の中でビートルズは、世の中の評価とは関係なく、スタンダードと「なった」。
そしてその思いは30年近く経った現在、いささかも変わらない。
輝きを失うことのない宝物に巡り会えたことを、幸せに思う。

大切なのは、「自分にとっての」宝物を見つけることだ。
その宝物の価値を他人と分かち合えるかどうかは、また別の問題であり。
他人のための宝物を、やみくもに崇め奉るのは愚かなことだ。
ダイヤモンドは美しい。が私はダイヤモンドが欲しいとは思わない。
他に欲しいものはたくさんある。
その欲しいものは、たぶん他の人にとっては、さほど欲しくないものだと思う。

親に反発する時期を過ぎ、今私は親の轍をたどっていこうと考えている。
これは成長のあかしなのか、それとも諦観か。レイドバックか。懐古趣味か。

どうでもいい。
ただ、そうしたいから。

したいと感じる心、これこそが宝物なのだ。




ビートルズとは何だったのか (理想の教室)佐藤 良明

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