展望台

















煮詰まった時、僕は必ずここを訪れる。
飯塚側から八木山峠を登る途中の、急カーブに
面した小さな展望台。

展望台といっても、眺めはさほど良くない。
高さが足りないのと、すぐ両側に山肌が迫って
いるせいで、眼下を一望することができない。
周囲の緑の濃さも、展望の邪魔をしている。

最突端に、申し訳程度に展望櫓が組まれているが
せいぜい子供の背丈ぐらいの高さしかない。
設置された双眼鏡を覗き込み、がっかりして
降りてくるカップル。ほらもう一組。

僕はベンチに腰掛け、缶コーヒーをすすりながら
その様子を横目で見ている。
直視しないのは、僕なりの気遣いだ。

まったくどうしてこんな場所に展望台なんて。
もっとマシな眺めのところもあったろうに。
僕は少し頭を傾けて、煙草に火をつけた。

ここが気に入っているわけでもない。
が、週に一度は訪れる。何をするわけでもなく。
ただぼんやりと時を過ごす。煙草をくゆらせながら。

今日は仕事をサボってしまった。
何となく気分が乗らなくて。
業務はここ最近忙しく、今日は休日出勤日。
部長はさぞや怒っていることだろう。
でもそんなの関係ねえ。

また一組、年配のカップルがゆっくりと櫓に昇り
ほどなくして降りてきた。足取りがおぼつかない。
まったくひどい話だ。詐欺ではないか。
期待させておいてこんな形で裏切るなんて。
でも実際のところ、僕にとってはどうでもいい。

妻が先日、子供ができた、と僕に打ち明けた。
ひどく動揺した。まだ心の準備が。
というより、実は全く想像もしていなかったのだ。
自分が親になるなんて。当然のことなのに。
僕はただ状況の変化に飲み込まれるだけだった。

黒づくめのライダーがひとり、駐車場に入ってきた。
バイクを停め、ヘルメットやグローブを外す。
初老の男性。白髪頭。タオルで顔をひと拭いした。

こちらに近づいてくる。やはり「展望」するのか。
僕は缶コーヒーを飲み干した。さてこれからどうしよう。
書店で立ち読みでもするか。それとも映画。

立ち上がりかけた時、ライダーがそばを通り過ぎた。
こんにちは。
思いがけず挨拶の言葉。落ち着いた柔らかい声。
突然のことに僕は返事のタイミングを逸した。
ライダーはそのまま櫓の鉄階段を昇る。
カツンカツンとブーツの音を響かせて。
僕は浮かせた腰を再びベンチに下ろした。

地元の方ですか?
とあっさり短時間で櫓を降り、僕に問いかけるライダー。
ええ、まあ。
あいまいに答える。声がひっくり返った。
他人から突然話しかけられると、僕は萎縮する。

これから田川まで行こうかと思うとです。
石炭記念公園の大煙突を見てみたくてですね。
ふとか煙突が2本、ぼーんと立っとるやつです。
飯塚にはあげな遺構はなかですかね?

さあわかりません、と僕は答えた。
いくつかあるのかもしれないが、僕は正直知らない。
この町に生まれ育ったのに。
それがちょっとショックだった。

自らのホームページで炭坑時代の遺産を紹介して
いるのだそうだ。博多弁の語感が歯切れ良い。
デジタルカメラで展望台の風景もしきりに撮影
しているが、何か珍しいものでもあるのだろうか。

じゃあ、と手を上げて、ライダーはバイクに戻って
いく。僕はちょっとだけ手をあげて、左右に振る。
低い排気音を轟かせ、ぐるりと弧を描いて
駐車場を飛び出していった。そして静寂。

僕は年を取ったら、あんな感じになれるだろうか。
何にでも興味を持って、何処へでも出かけていって。
自信は、ない。
一年後のことさえ見えない。
その頃はたぶん父親になってるはずだけど。

来年のことは見えずとも、明日のことは、見える。

僕は立ち上がって、空き缶をくず箱に投げ込んだ。
かん、という音が、ゴングの音色に似ていた。


2007年10月23日









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