ステージ・オン・ザ・ウォーター
ここは、桜とツツジの季節にしか人が集まらない。
勝盛公園内の古ぼけた水上ステージの上で僕は、
ドラムセット越しに観客席を眺めて、そう思った。
家族連れが2組。カップル1組。老人1人。
自転車に乗った小学生が1人。上から見下ろして
いる。どうせすぐに立ち去ってしまうのだろう。
力任せにシンバルを引っ叩いてみるが、それで
人が集まるわけもない。
ギターソロを気持ちよく演奏中の課長が、驚いて
こちらを振り向き、僕の気持ちを察してか
手のひらを下に向けて、押さえて押さえて、と
手振りを見せる。
単純に、僕のドラム音が大きすぎるので音量を
抑えろ、という意味だろうと思う。
あの課長が僕に気遣いを見せるはずがない。
声をかけられたのは、ほんの一週間前。
キミ、ドラムが叩けるんだったよね。
履歴書の特技の欄には確かにそう書いた。
他に何も書くことがなかったから。
イベントがあるから、手伝ってよ。
ベンチャーズだから。簡単でしょ。
メシおごるから。
メシで釣れるとでも思っているのだろうか。
せっかくの休日をつぶされるのは嫌だったが、
僕は入社したばかりなので上司の頼みは断りづらい。
電話で彼女に話したら、怒鳴られ詰られ泣かれた。
映画、一緒に観に行けなくてごめん。来週は必ず。
僕は学生の頃からバンドをやっていた。
こういっちゃ何だが、腕前にはそれなりに自信がある。
プロになろうかと真剣に考えたこともあるくらいだ。
でも結局あきらめて、会社員になった。
現実ってやつの前にひれ伏したのさ。ああそうさ。
なんだかさっきから気持ち悪い。このサウンド。
ベースのチューニングが狂ってるんじゃないだろうか。
それ以前にタイミングがばらばらでリズムが合ってない。
さらに僕はあのベーシストの名前を知らない。
課長が連れてきたのは、彼自身の息子だった。
アテにしていた幼なじみのベーシストは、仕事の
都合で参加できないと前日の夜に連絡してきたらしい。
練習は3日ぐらいしかできなかったが、それなりに
サウンドはまとまっていたので、ひとまず安心して
いたのに。このドタキャンは痛かった。
課長はあわてて高校生の息子に無理矢理頼み込み、
徹夜で曲を覚え込ませて楽譜持参でここまで
引っ張ってきた。無茶な親だ。
息子は明らかに不機嫌で、僕と目を合わせなかった。
譜面立ての上の楽譜にずっと目を落としたまま、
うつむいて懸命にベースを演奏してる。
ビジュアル系のバンドに在籍しているらしいが、
とにかく下手くそだった。お話にならないほどに。
リハーサルもまともにこなせないまま、本番を迎えた。
僕は、すでにあきらめていた。
景色のいい場所で久しぶりに思い切りドラムが叩ける
のは大変気分がいいのだが。
アンサンブルでさんざんブルー。
これは、公害だ。
イベントとはいっても、どこかの聞いたこともない
企業のPRキャンペーンみたいなものだった。
関係者らしき人が記念品を配っている。
が、すぐに配る相手がいなくなってしまって。
手持ち無沙汰のあまり、ケータイでメールしてる。
最悪だ。通行人でも呼び込めばいいのに。
ちょっとしたしがらみがあって断れなかったんだ
と課長は言ってたが、課長が出演するのはどうやら
恒例になってるらしい。
ここからは見えないけど、近くの池では
白鳥がのんびりひなたぼっこしてるはず。
きっと迷惑だろうな、この音。
そういえばこの公園、昔はいろんな動物が
飼われていたっけ。今はどこ行っちゃったんだろ。
動物でもいいから、見に来てくんないかな。
持ち時間は30分。これが意外と長い。
課長は終始ノリノリでギターを弾きまくってる。
昔取った杵柄ってやつで、確かにけっこう上手い
んだけど、完全に自分のためだけに演奏してる
もんで聴いててつまんない。何も響いてこない。
さあ。やっと最後の曲だ。
もうどうでもいい。とにかく自分だけでも楽しもう。
お客さんも、さっきよりさらに少なくなったし。
と、がら空きの観客席を再度見渡した時。
丘の上から歩いてくるひとつの影が見えた。
見覚えのあるワンピース。スカートが風に揺れる。
僕と視線が合うと、自分の腕時計を指差して。
手のひらを顔の前で垂直に立ててみせる。
遅れて、ごめん。
唇がそう動くのが見えた。
僕は首を左右に振ると。
他の二人の演奏を無視して、思い切り派手なビートを
叩き始めた。びっくりして振り向く父親と息子。
その表情がそっくりだったので思わず吹き出した。
もう充分でしょ。好きにやらせてもらうよ。
彼女が笑顔でひらひらと手を振っているのが見えた。
2007年11月03日
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