バイパス
どうしてみんな、そんなにとばしてくの?
右側の車線を猛スピードですり抜けてく筑豊ナンバーの
影に怯えながら、私は愛車のハンドルを握りしめていた。
お金払ってるからには早く着かなきゃソン、とでも
思っているのかしら。
私はそんなにとばせない。まだ買ったばかりのミニ。
慣らし運転も充分じゃないのに。
これから彼氏に逢いに行くところ。
休日が重なるのは滅多にない、貴重なチャンス。
八木山バイパスを通ればすぐだよ、って言ってた。
私の家の近くには駐車場がないから、私の方から
出かけていくことがどうしても多くなる。
何度通ってもいまだに慣れないこの道。
車はいつも少ないから走りやすいんだけど。
通る人の運転マナーがあまり良くない。
でもあのショウジョウバエの染色体みたいに
うねうね曲がった峠道は恐くて通れない。
免許を取って1年足らず。
自宅の車庫入れもおっかなびっくり。
ぶおん、と音を立ててトラックが追い越す。
黒い煙が車内に舞い込む。
ぱたぱたと手で顔の前を扇いで、あわてて窓を
閉める。髪の毛洗ったばかりなのに。
飯塚なんて行ったこともなかった。
場所もまだうろ覚え。
教えられた道しか通れない。
まったくどうしてこんなところに住んでんのよ。
パッシングを繰り返す後続車。
銀色の、クラウンかな。国産車の車種わかんない。
何よ。早く抜いてけばいいじゃない。
からかってるだけみたい。
まったくタチの悪い奴ばっかし。
追い越す時に、助手席に乗ってる若い男が
こっち見てにやにや笑ってるのが見えた。
なんかムカつく。
その時。
相手の車が、左側のタイヤで小石を踏んだらしく。
大きく横に跳ねて、私の車のどこかに当たった。
がん、と乾いた音が車内に響いた瞬間。
私の中のスイッチが。
てめええええええええええええええええええええ!
クラッチを切りギヤを入れ直す。アクセルべた踏み。
今まで聞いたこともないような唸り声を上げる愛車
ミニのエンジン。
そして私自身も今まで聞いたことのないような
叫び声を上げながら。
許さん。決して許さん。絶対許さん。もう許さん。
てめえらツブす。今ツブす。ここでツブす。粉砕する。
あたしを誰だと思ってやがる。
ミニのアライグマと呼ばれたこのあたしを。
このボケどもが。カスが。ゴミが。ウジ虫が。
追撃するミニ。あわててスピードを上げるクラウン。
助手席の男が恐怖の表情でこちらを見ている。
もう遅い。生まれてきたことを後悔しな。
あんたらは不用意にもこのあたしに火をつけた。
お望みどおり地獄の釜まで案内してやんよ。
ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃとスキッド音を轟かせ、
カーブに乗じて右前方に高速ドリフトする愛車ミニ。
すんでのところで交わすクラウン。
ちっ、逃したか。
まだまだ、これからよ。
その銀色の棺桶の中で安らかに眠るがいいさ。
一瞬で、ほんの一瞬で。
あ。
油断していた。
奴らは素早く左にハンドルを切り、終点まで行かず
途中のバイパス出口から脱出する方策を採った。
あたしの方は判断が遅れ、出口を通り過ぎてしまった。
逆走してさらに追うことも頭をよぎったが、その時
運悪く対向車が連なっていてタイミングを逸した。
別の出口で降りて相手を捜そうにも、地理に疎い。
ハンドルを両手の拳で叩き、一人吠える。がっでむ。
もし今度会ったら、ただじゃおかない。
ツブす。粉々にツブす。完膚なきまでにツブす。
そのクラウンがブラウンになるまで叩きのめす。
首洗って待ってろ。ボディーソープで洗っとけ。
車はやがて終点にたどりついた。
まだ息の荒いミニをなだめながら、私も徐々に
落ち着きを取り戻す。
ああ、予定よりも早く着いちゃったな。
彼と一緒に甘いもの食べたい。
ミニはよたよたとスロープを降りていった。
2007年10月19日
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