バスセンター















バスセンターはすでにセンターにはない。

かつての繁華街は人通りも少なく、人の流れは完全に郊外に
移ってしまっていることを私はあらためて確信した。

バスを待つのはおばあちゃんばかり。
おじいちゃんはどこにいるのだろう。
息子の手を握りながら、私は不思議に思った。

バスを利用するのはどれくらいぶりだろう。
ベンチに座ってぼんやり考える。
高校の通学時以来かな。20年くらい経つかもしれない。

いつもなら自家用車を使う。
月に一度の、息子の通院日。
使わせてもらうはずの夫の車は今は車検に出していて。
回ってきた代車はマニュアル車だったので、私には乗れない。
夫は自営業をやっている。

息子は生まれつき、脳に障害があって。
通院は続けてるけど、完治する見込みはない。
本来なら中学2年生。身体はすでに私よりも大きい。

たまにはいいかな、と思って、バスで行くことにした。
この子にも街の様子を肌で感じてほしいし。
夫は心配そうな顔をしていたけど、私は大丈夫だと思ってた。
タクシーなんか高くて乗れない。

ようやくバスが来た。
息子の手を引いて、ゆっくりと車内へ。
運動機能に問題はない。

ただ、じっと座っていられない。
つねに頭が前後左右に揺れている。
時おり声を発する。
私は彼をいちばん前方の席、運転手さんのすぐ後ろに座らせて
自分はそばに立っていた。
何かあってもすぐに対応できるように。
降りる時に少しでも時間がかからずに済むように。

運転手さんは最近増えてきた、女性の方。
こちらにそれとなく気遣いを見せながら、丁寧な運転を心がけて
いる様子。こういう業務はやっぱり女の人の方が向いていると思う。

子連れの母親らしき人が、途中から乗ってきた。
男の子は、元気だ。
ちょっとうらやましくもある。
息子があの子ぐらいの頃は、いろいろと大変だった。
今はだいぶ落ち着いてきたといえる。

男の子が、車内によく通る声で母親に尋ねる。

ねえママ、あのひとどうしちゃったの?

前方にいる息子の挙動を見て、訝しく感じたようだ。
母親は声をひそめるような素振りをしながらも、
車内全体に充分響き渡るだけの分量で驚くべき言葉を発した。

たつやくんも、あんなふうにならないようにしなきゃね。

私は耳を疑った。
確かにこれまで、息子に関して様々な言葉を浴びせられてきた。
慣れているつもりだった。
が、この時ばかりは怒りを通り越して、あきれてしまった。
何も言葉が出なかった。

まるで悪いことをしたから当然の報いを受けたかのような。
それを平然と自分の子供に吹き込む親。
そこまでして我が息子を反面教師にしたいのか。
私は絶望的になった。
バスを選んだことを後悔した。
どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないの。

その親子は、私達が降りる2つ手前の停留所で降りていった。
私の横を通り過ぎる際に、母親が軽くぶつかった。
何も言わなかった。
ブザーが鳴り、ドアが閉まる。

・・・発車します

えっ、と思って私は前方を見る。
運転手さんの声が湿っていた。

ルームミラーに映らないように、白い手袋でそっと拭っていた。

悔し涙。
彼女にもきっと、子供がいるのだろう。

私は、気が軽くなった。
私の今の気持ちをわかってくれている人がいる。
それだけで充分だった。

バスを降りる時、まっすぐ彼女の目を見つめて
ありがとう
と言うと、彼女は真っ赤になった目を細めて
お気をつけて
とだけ言った。

走り去るバスを見送りながら、私は思わず手を振った。
なぜか息子も振っていた。

ぱあん、と警笛がひとつ小さく鳴った。




2008年02月08日









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