ボタアート











飯塚には何故美術館がないのだろう。

そう考えながら俺は今日も斜面を登っている。
ボタ山の地面は脆くて崩れやすい。

何処もかしこもすっかり風化が進んでいて、
ろくな材料が見当たらない。
場所を変えるべきか。
ふもとの方がいいボタが手に入りそうだ。

定年退職を迎えたのはかれこれ2年前。
途端に何もすることがなくなった。
妻にはすでに先立たれ、子供は無事に巣立って
別の場所で暮らしている。連絡はほとんどない。

昔は職人になりたい、と思っていた。
でも時代は高度経済成長期。
目の前にはサラリーマンという選択肢しか
提示されていなかった。その波に俺も乗った。

終の住処に選んだのは、この旧産炭地。
妻の出身地でもある。
ここで何かできないか、と俺は考えた。
考えて考えて考えたあげくたどりついたのは。
若い頃の夢。

今からどこかに弟子入りして一から修行を
積むのはさすがに無理。まったく新しいことを
やらねばとさんざん頭をひねって浮かんだのが、
ボタの活用だった。

ボタとは石炭を掘り出す際に出てくる雑石。
それを積み上げたものがボタ山。
いわば産業廃棄物。でも俺には文字通り、宝の山。

拾ってきたボタのかけらを組み合わせ、接着剤で
くっつける。仕上げにニスを塗れば、完成。
俺の生み出した、俺だけの芸術作品だ。
手に取ると、我ながらなかなかに味わい深い出来。

最初はこれをお土産物として扱ってもらおうと
あちこち回ったが、全く相手にされなかった。
今は知り合いのギャラリーや喫茶店に頼み込んで
無理やり置かせてもらっている。
まだ売れたことはない。

ボタ拾いから帰ってくると、玄関先にたたずむ人影。
すみません、待たせてもらってました。
そう言うとぺこりと頭を下げて微笑む若い女性。

彼女は女子大生で、郷土史を研究しているのだそうだ。
その過程で俺のことを知り、訪ねてきたという。
たまたま入った喫茶店で、俺の作品を見かけたらしい。

先に電話しようと思ったんですけど、ここの住所を
教えてくれた喫茶店の方も、番号は知らないと
おっしゃって。近かったし、直接来てみたんです。
お会いできてよかったあ。

俺はただボタを拾ってるだけだよ、郷土史なんて。
いいえ直接関係なくてもいいんです、研究の幅が
広がりますから。
そんなもんなのかね。まさか新手の詐欺じゃない
だろうね。見ての通り、金なんかないよ。
違いますよおー。お仕事のお話、是非聞かせて下さい。
仕事じゃないよ。うん。これは仕事では、ない。

この部屋に他人が入るのはどれくらいぶりだろう。
時の経つのも忘れて語り合った。
彼女は屈託なく笑い、しゃべり、質問を浴びせた。
他人と言葉を交わすことの喜びを、久しぶりに
味わうことができた。

以後、彼女はこのあばら屋を度々訪れては
忌憚のない意見をぶちまけていくようになった。
この作品は面白くないなあ。あ、これ可愛い。
いっぱしの批評家気取り。だが、目は確かだった。
俺はその言葉に刺激され、創作意欲も日々高まって
いく。いつしか彼女の来るのが楽しみになった。

そんなある日、奇跡的に、俺の作品が売れた。

俺はその売り上げでささやかなプレゼントを買い、
彼女の訪問を待った。
これも彼女のおかげだ。一緒に祝いたい。

しかし彼女は来なかった。
あくる日もあくる日も、来なかった。
何かあったのかもしれないが、確認の仕様がない。
俺は彼女の連絡先を訊いていない。

数日後、俺は喫茶店のマスターに尋ねた。
俺の作品を買っていったのはどんな客だったか。
彼は答えようとしなかった。口止めされている。
それで推測が確信に変わった。
彼女だ。

何が起こったのかは本当にわからない。
が、何らかの事情で来られなくなったのだろう。
別れの言葉も残せないほどの事情が。
俺にはそれをどうこう言う筋合いはない。
彼女も俺も、人生のほんの通りすがり。

だが俺は、その時かたく決心した。
これからも続けていこう。
彼女のために。

ボタと格闘しながら、自分を表現していこう。
そしてまたいつか、彼女が現われた時に。
批判のしようがないくらいの作品を見せてあげよう。
胸を張って、これが俺だと言えるような作品を。

腹の決まった俺は、さっそく外に飛び出していった。
あのボタ山のふもとへ。
あそこには宝が眠っている。


2007年10月18日







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