沙保里に捧げるバラード

沙保里に捧げるバラード

女子レスリングの吉田沙保里選手に応援歌asahi.comより)


アテネでの金メダリスト、女子レスリングの吉田沙保里選手の応援歌ができたらしい。曲名は「Go!Let It Go!」(詞・曲MASA)。119連勝記録の更新がストップし、涙を見せていたニュースも記憶に新しい彼女だが、更に1から連勝記録を目指せとばかりに彼女の兄が、その友人の佐藤嗣典さんに作ってもらった曲だ。

で、いるのか?応援歌。

いつものことではあるが、私はこの心理が全く理解できない。
歌詞と言えば、

「君が流した涙は君だけのものさ 昨日の悔しさの中にある何かはまだ 姿も色も見せずに隠れてるみたい」
「今日という舞台に君はたってる 夢をつかむため 輝いている君の事 誰もが大好きなんだ」

といった内容で、ちょっと声を出して読んで頂きたい。ほらね、声を出して読みたくない日本語でしょ。「誰もが大好きなんだ」って統計もとらずに言っちゃダメなんじゃないのか。少なくとも「誰も」の中に私はいない。

要するに建前なんだ。日本人が手塩にかけて築いてきた伝統。全身全霊をかけたスポーツという真剣勝負の世界にまで私たちは建前を持ち込もうとしている。選手はいい迷惑この上ないはずだ。心から自分の為の応援歌が存在することに誇りを持っている選手がいるとすれば、スポーツの才能もさることながら、人間的にもすべてを達観できるような心豊かな超人であるか、スポーツしかやってこなかった感受性が鈍感な人の二通りしかないのではないか。まさに観る側の押しつけであり、応援するという名目でのメロディアスな暴力に等しい。

そのような状況の中で果たして選手達は敵と戦うことができるのだろうか。敵と戦う前に何千何百という観客から「君が流した涙は君だけのものさ」とか歌われてごらん。敵に申し訳ないぞ。「お前、泣いたのか」って言われても敵は力を抜いたりしてくれないぞ。

もうこの際、各選手別々な応援歌という忌まわしい風習は止めにして、統一しよう。ね、応援歌を統一しよう。勝てば国歌で、勝負の間は国が定めた特定応援歌だ。ここで選曲という新たな問題が発生したわけだが、もうこの際ややこしいことは抜きにして、ZARDの「負けないで」でいい。タイトルがいい。応援歌のすべての要素がたった一言だ。歌詞も応援歌としての基準を大幅にクリアしているし、「勝って」じゃないところが和風でまたよろしい。「勝って」と言われてプレッシャーに押しつぶされた選手が過去に何人いたことか。「負けないで」では「できるだけ負けないで」といった校舎の陰から意中の男子を見つめる女子のような甘酸っぱいニュアンスが多分に含まれており、奥ゆかしさの中にも力強さがあって、リラックスして試合に臨めそうではないか。

極限状態で試合に臨むアスリート達は、周りの人のことなど見えてはいない。頑張れと言われなくとも、日々限界を超えた想像を絶する努力を積み重ねている。お金でも名誉でもなくただ「勝つ」という意識に対してのプロである。私たちに出来ることなどあろうはずもない。ただその努力が形になる瞬間を黙って見守るだけである。

応援歌を歌って脳天気に騒ぐのも悪くはないが、選手に対しての畏敬を表する手段としてあまりに軽率な感じがしてならないのだが。


さて。今回そういうわけでobsqrの応援歌を作ってみました。常連の方も通りすがりの一見さんもご一緒にどうぞ。

『涙に濡れた夜の静寂の饒舌さよ

 キーをたたく指先が冷たい

 果てしない波のうねりの中で

 僕はきっと君を見つけるんだ

 ラララ ルルル ルーララ ルララ (サイケデリック!)(みんなで)
 ラララ ルルル ルーララ ルララ (オーガニック!)(みんなで)

 o・b・s・q・r それが罪ならば
 o・b・s・q・r それが愛ならば
 o・b・s・q・r それがやなわらばあ
 o・b・s・q・r SAY!アッキーナ

 はっきりしてよオブスキュアー 曖昧な言葉はもういらない

 まっすぐ見つめてオブスキュアー ハンパな態度でじらさないで

 ラララ ルルル ルーララ ルララ オブスキュアー(手をとりあって)』

words:genmai ooga
music:saike fujimura



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1コメント あり “沙保里に捧げるバラード”

  1. わしゃ作らんぞそんな曲

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