国境の長いトンネルを抜けると本屋があった

国境の長いトンネルを抜けると本屋があった

【きょうは何の日】康成忌MSN japanより)


1972年4月16日。今日は日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成がガス自殺をした日だ。

川端康成といえば「伊豆の踊子」「雪国」などの代表作があまりに有名で、私自身も高校生の頃に読んだ記憶はあるが、その内容は今となってはもうすっかり忘れてしまった。こうやって書くと私が日本文学をこよなく愛する読書家であったかのような印象をお持ちになられると都合が悪いので本当のことを言うが、川端康成に興味があったわけではない。他にも太宰治や三島由紀夫などもいろいろと読んではいるが、好んで読んだわけではない。

じゃあ何で?と思われるかもしれないが、実は「新潮文庫の100冊」フェアがあったからだ。昭和51年に始まった新潮社によるその企画で、昭和56年の広告に採用されたのが坂本龍一だったのだ。以前のエントリにも書いたが当時彼は私にとっての神であった。現在のように彼の肖像がネットでホイホイ採れる時代ではない。その彼が本屋に行けば、フェア対象本の表紙を飾り、上を見上げれば大きなポスターの中にいたのだ。ポスターの下に跪いて礼拝こそしなかったが、まさにそこは聖地。音楽を越えた坂本龍一のオーラを感じとれる唯一無二の場所だった。

黒装束に身を包んだ坂本龍一が目を閉じて、何か瞑想状態にいるような虚ろな雰囲気を放つポスターを眺めつつ、新潮文庫の100冊を1冊1冊手にとってみる。作家の名前などよく知らなかった私は川端、太宰、三島などの有名どころしか買わなかった、とそういうわけだ。だから内容まで覚えているはずがない。



そのポスターのキャッチコピーがまたカッコよく「ひとりになったら本を読む。」というものであった。完全に洗脳状態にあった私はひとりになったら本を読んでいた。もしそのコピーが「ひとりになったら勉強をする。」だったら現在のように生活に窮することはなかったろうし、「一人になったら料理を作る」だったら、料理家になっていたかもしれない。「一人になったら歌を歌う」だったら歌手で、「ひとりになったらインターネットをする。」だったらGoogleのエンジニアだ。おまけで「ひとりになったら何もしない。」だったとすれば、今頃鉄壁ニートとして世の常となっていたことだろう。

何事もきっかけは大切である。たかが出版社の企画ではあったが、川端康成ほかの名著と呼ばれる作品に触れることが出来たことは、その内容は忘れたにしろ財産である。言葉が乱れていると言われ久しい昨今、決して今の言葉を先人たちが残してくれた美しい日本の言葉というものに上書きしてはいけない。日本語を壊し続けることは必要なことであるし、楽しいことでもある。それは美しい日本語というベースがあってこそ可能なのだ。

そのベースとなる美しい日本語というものが、失われつつある今、再認識のきっかけとして今日の康成忌という1日は貴重な1日であってほしいと願う。そして毎年この日を胸にとどめておいてもらいたい。

今日4月16日。obsqr編集の藤村彩家の誕生日とともに・・・。

死んだみたいやな。スマン



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