誠実さの味

誠実さの味

「濃さが、ウェルチ。」のコピーでお馴染みのアメリカの飲料メーカー、ウェルチがこの度、舐めて味を確認するという画期的な広告を雑誌に出したという。

紙から匂いのする広告は、女性誌の化粧品のサンプル等で聞いたことはあるが、紙を舐めて味がする広告というものは未だなかったのではないか。

その雑誌の広告の部分を舐めると、ほのかな甘みと口中に広がる酸味。あのオレンジジュースやグレープジュースの味が、商品を手に取らずとも消費者に伝わるという仕組みであるが、果たしてこれは広告として有益な効率を上げるものであろうか。

消費者に興味を持たせたうえで製品を記憶させる手段として五感の最たる味覚を利用することは、インパクトとしては絶大である。しかしながら大きな効果を得られるというものには決まって弊害も発生するのが常だ。

たとえば食品衛生法の観点からはどうだろう。雑誌を舐めるんですよ。普通にそれはいかんでしょ。小学生の頃、近所の駄菓子屋に「ねぶりくじ」なるものがあったが、そのねぶりくじか、あるいは理科の実験で使用していたリトマス紙以来、紙を舐めるということはなかったのではないか。それがこの期に及んで雑誌を舐めろだと。食品の品質の問題がとやかく叫ばれる現在の世の中にあって、反発の声も聞こえてくるかもしれない。しかしいかんせん発想が斬新で消費者の興味を引きつけて止まないから不思議な魅力と言えよう。好奇心は進化の源だ。が、もしこの広告形態が主流になってしまえば、町に溢れる雑誌やチラシの惨状は目に見えている。

「立ち舐め」だ。

本屋、コンビニでは雑誌に顔を埋めて立ち舐めをする人が溢れ、グルメのガイド本なんて、ベチョベチョのパリパリだ。アダルトコーナーにおいては、血気盛んなニキビ面の男子高校生が雑誌の中で微笑む広告モデルの股間を舐め裂く勢いレロレロで、月刊アルコールマガジンに至っては店内で世のお父さん達はもうベロベロだ。「立ち舐め禁止」の貼り紙だけではいっこうに被害が収まらない店側は、苦肉の策として立ち舐め用のサンプルを置くところも出てくるだろう。それでも埒があかない業者はついには立ち舐め屋なるものをオープンするも有料では売上に繋がらず、「人をナメるなよ」と禅問答のようなことを口にした挙げ句、これでは角打ちならぬ、舌打ちだ。と愚痴の一つもこぼすかもしれない。

広告というものに対して私が望むことは、匂いがしたりだとか、味がしたりだとか、派手さ奇抜さ悪ふざけだとかではない。消費者の購買欲を高めるための手段をただ単に楽しむ分には構わないけれど、いざ購入するとなるとそういった小細工が鬱陶しく感じるものだ。

最近メディアを問わず、誠実さを感じる広告が以前に比べて少なくなっていると思えるのは、果たして気のせいだろうか。


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