サーフサイド虚無僧
サーフィンしながら尺八のしらべ 千葉・鴨川在住のネプチューンさん(MSN産経ニュースより)
写真をご覧になられれば一目瞭然。サーフィンしながら尺八を吹いているというありえない絵である。鴨川市在住の尺八奏者のジョン・海山・ネプチューンさん(56)だ。10歳の時からやっているサーフィンと20歳の時に出会った尺八。その自分自身が最も得意とする2つの分野を見事に融合させたベストショットだと思う。一見ふざけているように見えるのはあまりの突拍子のなさに私たちの脳がこの現実を正しく処理できていないからで、気持ちを落ち着かせてよく見るとなぜか心に穏やかさを感じてしまう。
サーフィンのライディングやパフォーマンスは端から見るととても派手で過激で、おおよそ心に染み入るような音色を聞かせてくれる尺八とは別次元のように思われる方もいるだろう。サーフィンの持つ華やかでナンパなイメージがどうしても先行してしまっているのは仕方がないことだが、その実、真摯にサーフィンというスポーツに取り組んでいる人にとってみれば、他でもないサーフィンとは「宗教」なのである。
私もサーファーの端くれ、波に乗った時の自然と一体になった感覚は何ものにも代え難い「歓び」に満ちている。そこではお寺や神社、あるいは礼拝堂で祈りを捧げる時のような静けさに全身が包まれ、波の音も風の音もすべて消え去ってただただ自分という存在だけがリアルに浮き彫りにされる。
そこに尺八の音だ。竹に穴を開けただけの簡素な日本の伝統楽器。ノイズを含んだかすれたその音色が一杯の水を飲んだ時のように自然にスーっと体中に溶け込んでいく感覚が容易に想像できる。一見和洋折衷型のパフォーマンスにしか見え兼ねないネプチューンさんのライディングも当の本人にしてみれば、精神を平安に導くための禅の教えにも似た心との対話であるに違いない。俗物的なものに心を奪われ自然を顧みない私たちへのメッセージとして、この写真は多弁に問いかけているのではないだろうか。
この記事を尺八から展開させようと思っていた私は今、とっても恥ずかしい気分であることは言うまでもない。







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