空目アワー

空目アワー



『トイレ』を『トレイ』」など単語見間違いの「空目」経験、6割が「ある」
rTYPEより)

音楽の歌詞や会話での語句が別の言葉に聞こえることを某番組によっていつの間にか「空耳」と言うようになって久しい。しかし実際にはない音や声が聞こえたように思うこと、と辞書にはある。メディアや各種情報媒体の言葉に対する影響力がいかに大きなものであるのかを痛切に感じる。大人が言う「最近の若者の言葉は・・・」というセリフを聞く度に責任の所在を見失った社会のあり方に苦言も呈したくなるというものだ。

というような高尚な話はつまらないからやめよう。聞き間違いもまた「空耳」でいい。故に見間違いは「空目」ということだ。ぱっとその文字を見た瞬間、別の言葉に見間違えることを初めて聞いたが「空目」というらしい。パソコンや携帯電話の普及により文字を目にする機会はそれ以前に比するまでもなく増えている。インターネットでの主人公はあくまでも文字である。オフラインでの会話同様、文字なくしてネットでのコミュニケーションはない。その無限とも言える文字が所狭しとブラウザを駆け巡る昨今、一言一句その文章を吟味するということは逆に減っている。時間に追われ、仕事に追われする現代人に追い打ちをかけるような膨大な情報量。情報の取捨選択を強いられる忙しい人にとって流し読みは今や当然の所作である。そのようなバックグラウンドが「空目」なるものを加速させているに違いない。

具体的な「空目」を元記事から引用しよう。

トイレ→トレイ
おこと教室→おとこ教室
やはり→はやり
スパイダーマン3→スパイダーマンヨ
千草→千葉
ひつまぶし→ひまつぶし
マスカラ→マラカス
亀裂→亀梨
恋空→変空
バンガロー→ガンバロー

なかなかに面白い。女性は明日からマラカスつけて出社しなって感じではないか。「おこと教室」なんてもう「おとこ教室」でいいんじゃないかと思えるくらいだし、KAT-TUNの亀裂は亀梨のせいにしておきたくもなる。

掃いては捨てられる情報過多の時代に私たちの脳にそれらは投影されても焼き付くことはない。せっかく実ったリンゴが災害によって枝から落ちるように無益なことを延々と繰り返しながらインターネットはその輪郭を徐々に明らかにしていく。しかし今はただ情報についていくことに精一杯で余裕を持って情報に接することなどできていない。別に接する必然はないのだが時代を感じることは無益ではない。ザワザワと騒がしいネットを切断して読む睡眠前のエッセイ本。穏やかで心に滲み込むそんな落ち着いた時間をもっと大切にしながら世の中と関わり続けることができればと切に願う。

さあ明日も元気だウコンがうんまい!


あなたはウンコ食べてませんか?



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