ナーバス・サービス

ナーバス・サービス



ここ最近ようやく市民権を得てきた感じのセルフのガソリンスタンド。とともに私の心も以前に比べ随分と落ち着いてきたようだ。

私はガソリンスタンドでの給油が免許を取得した当時より心地よいものとは思っていなかった。ガソリンくらい自分で入れることが出来るのに、と常々考えていた。なぜならばガソリンスタンドの過剰なサービスが何故か有難いものとは思えなかったからだ。特に80〜90年代のサービスは度を越していて不愉快の何ものでもなかった。来店を歓迎する大きな声とともに車の周りに群がる店員。給油量を告げると一勢に車中を覗きこまんばかりに窓を拭き始め、終わったかと思いきや雑巾を手渡され中を拭いてくれと促す。しぶしぶハンドルやダッシュボードのあたりを拭いていると、コスプレまがいのユニフォームを着た女性店員が小さなバスケットに入ったアメちゃんをお一つどうぞと差し出し、会員になる気はないかと登録用紙とボールペンまで用意している始末。アメちゃんを頂いた手前、無下に断るのもかたじけないと一筆啓上するも、心の中では二度とこの店には来ないと誓う。給油も終わりほっとするのも束の間、今度はボンネットを開けろだと。ラジエターの水量にエンジンオイル量、ウォッシャー液にバッテリー液。タイヤの空気圧に溝チェック。一体ここは車検場かと見紛うほどの大サービス。すべて不合格の私の車だったが、また今度と丁重にお断りしてようやく女性店員の満面の笑顔に見送られながら店を出ようとするも、すぐさま呼び止められてテールランプの球切れ宣告。

サービスはかくあるべき、というガソリンスタンド業界の凌ぎを削る熾烈な戦いは過去に類を見ないくらいの激しい時代だったと思う。これだけ完璧なサービスを提供すればまた次回もきっと来店してくれるだろうという幻想だけに後押しされるように各企業思いもよらないサービスを展開していた。今となっては帰り際に風船渡されて喜ぶ独り身の男がどこにいるんだと哀悼の意を捧げたくもなるというものだ。

現在ではあれほどの激戦を勝ち抜いてきたガソリンスタンドでさえセルフに変わりつつある。人員削減により活気は失っているが、私としては心置きなくガソリンを入れに行けるようになった。初めて給油機(?)の引き金を引く時の感慨は今も忘れていないし、何故か車の細かい傷や汚れも気になるようになってきた。自分自身で管理しないと誰もあなたの車の面倒なんて見てくれない。人の手を煩わせることなく自分で給油するということはどこか車というものが自分の物であるという自覚を促してくれる。

給油口のキャップが上手く閉まらない私の車にガソリンを注ぎながらふとそんなことを考えていたらいつも店内にいる店員が駆け寄ってきてタイヤの空気が入ってないことを告げた。

ちょっとしたサービスと心遣い。それが一番嬉しい。



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