ゲッツ!ロキシー
聴けば「ちょいワルおやじ」に 「ロキシー・ミュージック」ベスト盤(J-CASTニュースより)
と、J-CASTニュースでは申しておりますが、ロキシー・ミュージックを聴いても「ちょいワルおやじ」なんかにはなれません。高校時代になけなしの小遣いをはたいて貪るように購入したすべてのアルバムを聴き込んだ私が言うから間違いかもしれません。間違いなのか?それは一概に言えませんが。
1971年デビューのイギリスのバンド、ロキシー・ミュージックがこのような見出しで紹介されようとは時代も変わったものだ。当時、ロキシー・ミュージックに関する情報など一部の雑誌か深夜にやってたMTVで紹介されるくらいで、その全貌というものには当然辿り着くことは出来なかった。しかしそれがすべて不幸であるとは言えない面も確かにあった。
「知りたい」という欲求は、唯一の情報であるそのサウンドに対して、尋常ならざる集中力を産む。とにかく聴いた。本来勉学に勤しまなけらばならない貴重な時間のほとんどを費やして、親の罵声も授業中の先生の声も試験の赤点もすべて受け入れずに聴いた。その結果、日本を代表するアーティストにでもなっていれば美談に終わるところだったが、我が家を代表するサラリーマンに身を置いているから始末が悪い。
しかし話題はこのちょいワル。まさかロキシー・ミュージックを聴くことに「ちょいワル」の冠を被らせるとは想像もしていなかった。「ちょいワル」の定義自体多岐に渡っていて、明確な意味というものはない。要はイメージの問題なのだろう。それはロキシー・ミュージックのヴォーカリスト、ブライアン・フェリーのイメージ。初期の頃の金銀ラメラメのステージ衣装を纏っていた頃のイメージはもはやこの21世紀には死滅し、私たちが知っているのは後期からソロになってからのさらりとスーツを着こなし、情けないほど女々しいラブソングを奏でる、いわゆる「ダンディ」のイメージの方だ。
ダンディ+情けなさ+高経済力=ちょいワル。という日本独特の公式に当てはめるまでもなく、プライアン・フェリーは「ちょいワル」ということになる。ファンとしては、何でもカテゴライズしたがる日本のくだらない文化でブライアン・フェリーを括ることには抵抗があるが、この際、時流に抗うことなくそれはそれでいいではないか。彼は生粋のポップ・スターだ。人を楽しませてなんぼの世界にいる彼もまた、カテゴライズ上等だと思っているに違いない。そのしなやかな柔軟さが誰にもマネ出来ずカテゴライズされない数々の楽曲を産み出してきたわけだから。
最近ではロキシー・ミュージックやブライアン・フェリーを聴くこともほとんどなくなってきた。CMやラジオから彼の歌声が響いてくると当時の記憶が鮮やかに蘇ってくる。彼の創造した音楽は私の血肉になって今も生きづいていることを実感する。なぜだか今はそれでいいように思える。
私にしてみればロキシーを聴くということは「ちょいワル」というよりも「カレセン」の方がしっくりくる気がするのだが。
何はともあれ、今回のベスト盤。2008年4月16日 1850円で発売だそうです。
と、J-CASTニュースでは申しておりますが、ロキシー・ミュージックを聴いても「ちょいワルおやじ」なんかにはなれません。高校時代になけなしの小遣いをはたいて貪るように購入したすべてのアルバムを聴き込んだ私が言うから間違いかもしれません。間違いなのか?それは一概に言えませんが。
1971年デビューのイギリスのバンド、ロキシー・ミュージックがこのような見出しで紹介されようとは時代も変わったものだ。当時、ロキシー・ミュージックに関する情報など一部の雑誌か深夜にやってたMTVで紹介されるくらいで、その全貌というものには当然辿り着くことは出来なかった。しかしそれがすべて不幸であるとは言えない面も確かにあった。
「知りたい」という欲求は、唯一の情報であるそのサウンドに対して、尋常ならざる集中力を産む。とにかく聴いた。本来勉学に勤しまなけらばならない貴重な時間のほとんどを費やして、親の罵声も授業中の先生の声も試験の赤点もすべて受け入れずに聴いた。その結果、日本を代表するアーティストにでもなっていれば美談に終わるところだったが、我が家を代表するサラリーマンに身を置いているから始末が悪い。
しかし話題はこのちょいワル。まさかロキシー・ミュージックを聴くことに「ちょいワル」の冠を被らせるとは想像もしていなかった。「ちょいワル」の定義自体多岐に渡っていて、明確な意味というものはない。要はイメージの問題なのだろう。それはロキシー・ミュージックのヴォーカリスト、ブライアン・フェリーのイメージ。初期の頃の金銀ラメラメのステージ衣装を纏っていた頃のイメージはもはやこの21世紀には死滅し、私たちが知っているのは後期からソロになってからのさらりとスーツを着こなし、情けないほど女々しいラブソングを奏でる、いわゆる「ダンディ」のイメージの方だ。
ダンディ+情けなさ+高経済力=ちょいワル。という日本独特の公式に当てはめるまでもなく、プライアン・フェリーは「ちょいワル」ということになる。ファンとしては、何でもカテゴライズしたがる日本のくだらない文化でブライアン・フェリーを括ることには抵抗があるが、この際、時流に抗うことなくそれはそれでいいではないか。彼は生粋のポップ・スターだ。人を楽しませてなんぼの世界にいる彼もまた、カテゴライズ上等だと思っているに違いない。そのしなやかな柔軟さが誰にもマネ出来ずカテゴライズされない数々の楽曲を産み出してきたわけだから。
最近ではロキシー・ミュージックやブライアン・フェリーを聴くこともほとんどなくなってきた。CMやラジオから彼の歌声が響いてくると当時の記憶が鮮やかに蘇ってくる。彼の創造した音楽は私の血肉になって今も生きづいていることを実感する。なぜだか今はそれでいいように思える。
私にしてみればロキシーを聴くということは「ちょいワル」というよりも「カレセン」の方がしっくりくる気がするのだが。
何はともあれ、今回のベスト盤。2008年4月16日 1850円で発売だそうです。







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