ファイティング・マーキング
車をアイテムでカスタマイズしている方が運転中キレ易い(スラッシュドット・ジャパンより)
人間のマーキング行動にもいろいろとあるようで、今回コロラド州立大学の心理学研究チームにより車のカスタマイズにもこのマーキング行動との関連性が確認されたという。
車を運転すると人が変わる、とはよく言われることだが、おそらくそれは車中という密室状態が生む心理作用であろう。道路というパブリックスペースにも関わらず車内はプライベート空間だ。渋滞や他の車に対しての敵対心などの精神的にイライラした状態の時に自分の縄張りが侵略されたと感じ、無謀な運転となって道路すらもプライベート空間と誤認識してしまう。まさに公私混同とはこのことだ。そしてこのような行動を起こしやすい人の車はカスタマイズするためのアイテム数が多いという。
この研究結果を見てすぐに思い当たるのがヤンキーだ。俗にいうヤン車がその代表格だろう。最近ではあまり見かけなくなってはいるものの私の住んでいる地域にはまだまだウヨウヨ生息している。元の車が何であるのか判別することすら難しいくらい凄まじい改造を施している車もざらだ。奇抜なカラーリングに車の前後左右に取り付けられたスポイラー、耳をつんざくマフラーの爆音に車内から漏れる「あゆ」の歌声。どうして車にこのような乗り方をするものかと、いつも不思議に思いながらも、ただ目立ちたいだけなのだと結論づけていたわけだが違った。彼らはそうすることによって自分自身という縄張りを守っていたのだ。噛み砕いて言うとワンちゃんのおしっこなのである。ワンちゃんがシャーっとおしっこをするように彼らはステアリングを握り、アクセルを吹かしている。ワンちゃんがキャンと鳴けば、彼らはブオーーンと応える。動物の本能というものに実に従順に出来ていると言える。
しかし話はヤン車にとどまらず、ステッカーなどにも言えるらしい。攻撃的な文言のステッカーを1枚貼ってある車よりも運転中に攻撃的な行動を起こしやすい、あるいはキレやすいといった面で言えば、ステッカーの数が多く貼られている車のほうだという。ここでもやはり数の問題だ。自分自身のプライベート空間である車中を少しでも守ろうというマーキング理論そのままに囲みたいのであろう。もう一度言うがこの場合のステッカーはワンちゃんのおしっこなのである。
考えもよらぬところに見出された人間の本能的な行動は、意外に恥ずかしいものである。私たちの実生活においても気付かぬうちにおしっこをまき散らしている可能性は誰しもがゼロとは言えない。身を守るためのマーキング行動というものは必要不可欠なものであるのかもしれないが、現代社会において度を過ぎれば及ばざるがごとし、まあ及ぶ必要もないのだが、鬱陶しいだけである。現代社会では本能のままに生きるということ事体、難しいとか簡単であるという前に、理性に抑圧されて当然なのである。
とは言ったものの、こうやって広大なネットの世界でブログに文章を残すことも言わばマーキングの一種と言えなくもないか。ブログヤンキーと言われないためにもあくまで理性の範疇で運営しないと。
人間のマーキング行動にもいろいろとあるようで、今回コロラド州立大学の心理学研究チームにより車のカスタマイズにもこのマーキング行動との関連性が確認されたという。
車を運転すると人が変わる、とはよく言われることだが、おそらくそれは車中という密室状態が生む心理作用であろう。道路というパブリックスペースにも関わらず車内はプライベート空間だ。渋滞や他の車に対しての敵対心などの精神的にイライラした状態の時に自分の縄張りが侵略されたと感じ、無謀な運転となって道路すらもプライベート空間と誤認識してしまう。まさに公私混同とはこのことだ。そしてこのような行動を起こしやすい人の車はカスタマイズするためのアイテム数が多いという。
この研究結果を見てすぐに思い当たるのがヤンキーだ。俗にいうヤン車がその代表格だろう。最近ではあまり見かけなくなってはいるものの私の住んでいる地域にはまだまだウヨウヨ生息している。元の車が何であるのか判別することすら難しいくらい凄まじい改造を施している車もざらだ。奇抜なカラーリングに車の前後左右に取り付けられたスポイラー、耳をつんざくマフラーの爆音に車内から漏れる「あゆ」の歌声。どうして車にこのような乗り方をするものかと、いつも不思議に思いながらも、ただ目立ちたいだけなのだと結論づけていたわけだが違った。彼らはそうすることによって自分自身という縄張りを守っていたのだ。噛み砕いて言うとワンちゃんのおしっこなのである。ワンちゃんがシャーっとおしっこをするように彼らはステアリングを握り、アクセルを吹かしている。ワンちゃんがキャンと鳴けば、彼らはブオーーンと応える。動物の本能というものに実に従順に出来ていると言える。
しかし話はヤン車にとどまらず、ステッカーなどにも言えるらしい。攻撃的な文言のステッカーを1枚貼ってある車よりも運転中に攻撃的な行動を起こしやすい、あるいはキレやすいといった面で言えば、ステッカーの数が多く貼られている車のほうだという。ここでもやはり数の問題だ。自分自身のプライベート空間である車中を少しでも守ろうというマーキング理論そのままに囲みたいのであろう。もう一度言うがこの場合のステッカーはワンちゃんのおしっこなのである。
考えもよらぬところに見出された人間の本能的な行動は、意外に恥ずかしいものである。私たちの実生活においても気付かぬうちにおしっこをまき散らしている可能性は誰しもがゼロとは言えない。身を守るためのマーキング行動というものは必要不可欠なものであるのかもしれないが、現代社会において度を過ぎれば及ばざるがごとし、まあ及ぶ必要もないのだが、鬱陶しいだけである。現代社会では本能のままに生きるということ事体、難しいとか簡単であるという前に、理性に抑圧されて当然なのである。
とは言ったものの、こうやって広大なネットの世界でブログに文章を残すことも言わばマーキングの一種と言えなくもないか。ブログヤンキーと言われないためにもあくまで理性の範疇で運営しないと。







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