1/4の純情な寒太郎
「北風小僧の寒太郎」作曲家、福田和禾子さん死去(asahi.comより)
朝晩めっきり寒くなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。と季節のご挨拶はいいとして、国民的な楽曲「北風小僧の寒太郎」の作曲者、福田和禾子さんが亡くなった。福田和禾子さんという人物を亡くなって初めて知ったわけであるが、日本人にとって「北風小僧の寒太郎」を知らない人はいないだろう。
NHKの「みんなのうた」という番組は時に途方もないビッグヒットソングを輩出する。「おお牧場はみどり」や「手のひらを太陽に」等に始まり、「山口さんちのツトム君」「コンピューターおばあちゃん」なんてのも懐かしい。最近では「ぼくはくま」や「おしりかじり虫」が有名だ。調べてみると「北風小僧の寒太郎」は’74.12月から翌’75.1月までオンエアされていたというから34年前ということになる。現在に至るまで幾度となく再放送を繰り返しながら、途方もない長い年月をかけて冬が来る度に日本人の心の隙間にジワリジワリと浸透し、まさに音の風物詩と呼ぶに相応しく冬の歌のスタンダードと成り得たというわけだ。
私が小学生だった頃、冬の風の強い朝なんかには共に学校に行っていた友達とこの歌を歌いながら通学していたことを思い出す。大きな声で仲間と歌い歩けば、シンプルでストレートな歌詞と明るく楽しく覚え易いメロディのおかげか寒さも忘れるほどの暖かさを無意識に感じることができた。冬の寒さの中に見い出した暖かさ、その感覚は現在に至っての貴重な財産でもある。どこからか流れてくる「北風小僧の寒太郎」を聞く度にシチューから漂う香りと熱気に似たほっとする気持ちをほんの少しだけ感じさせてくれる。
季節が曖昧になっている昨今、その中の4分の1を占める貴重な冬という季節を歌った全国民ソング「北風小僧の寒太郎」。寒太郎が来ない、冬とは名ばかりの季節が訪れる日本を想像することは現時点ではもはや容易なこととなっている。そのような現在であるからこそこの曲が私たちに再び何かを訴えかけているように聞こえるのは決して空耳ではないはずだ。
作曲者である福田和禾子さんがこの曲にそこまでの意味を持たせて作ったわけではないと思うが、彼女の残したこの曲に付加的な意味付けをしていくのは、今を生きる私たちの役割である。「北風小僧の寒太郎」がいつの世までも歌い継がれるように、冬がいつまでも寒い冬であり続けるようにもう一度考えも新たに聴き直してみるのも悪くはないだろう。
福田和禾子さんのご冥福を祈りたい。







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