ふりかけちゃってもいいですか?

ふりかけちゃってもいいですか?



ふりかけ「旅行の友」……って、何味?Excite エキサイトより)

旅行の友。ふりかけの商品名である。若い方には馴染みが薄いこのふりかけは田中食品株式会社が現在も製造販売を行っている。現在も、と言ったのはその歴史の長さに敬意を示すものであると同時に日本人に愛され続けてきた「変わらぬ味」を賞賛するためだ。大正5年に日本海軍に漬物を納入していた田中食品は「もっと便利で栄養価の高い食品を」との軍の要請に「旅行の友」は開発されたという。現在のファストフードの概念がすでに大正時代には確立されていたということになろう。戦争に必要なものはとにかくスピードである。情報伝達のスピード。戦地移動のスピード。悠長に昼飯食ってる場合ではない、食事のスピード。戦争により産み出された想像力の賜物は何も飛行機やインターネットばかりではない。今をしてなお、こんなにも手軽で美味しく栄養のある食べ物はそうそう残ってはいないだろう。

とにかく好きだった。このふりかけ抜きにして私の幼少の頃は語れないくらい世話になっている。白御飯をそのまま食べるなんてことは考えられないほど常に茶碗に盛られた御飯の上には旅行の友が敷き詰められていた。食べ物が合わなかった田舎の祖母の家に里帰りした時など持参だ。せっかく祖母が用意してくれていたご馳走を目の前に私一人はふりかけだった。失礼極まりない子供だった私にとってはまさに旅行の友ということになろうか。小魚の粉末を主原料にした醤油風味の甘辛さが口の中に広がってジャリジャリっとした歯ごたえとも相まって止めようにも止まらぬ御飯。私の骨格はほぼ旅行の友で出来ている。

終戦の年、原爆(広島)により被災し工場を失った田中食品は、元気を失った日本人をまずは食卓から勇気づけようと再建に乗り出し、その歴史とともに更に試行錯誤を繰り返し永遠の味を手に入れた。「旅行の友」の「友」は創業者の妻である「トモ」さんの名前にも由来しているという。創業者を支え、陰ながら力を与えていたトモさんは戦後の日本の復興をも支えていたと言っていいかもしれない。

もはや日本のソウルフードと成り得た「旅行の友」。歴史に翻弄されることなく己の信じた味を追求してきた田中食品。スタンダードというものは一般的ではあるが嘘はない。何かと問題が絶えない食品会社の中にあって、そのぶつかり合う潮流にのまれずにいつまでもいいものを作り続けてほしいものだ。

何はともあれ「旅行の友」、ふりかけちゃって下さい。





酒蔵(さけぐら).comのお中元2008


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