冷静と情熱のあいだで落書き

冷静と情熱のあいだで落書き




泣いて済まされる問題ではない。

と言いたいところのイタリア・フィレンツェにある大聖堂の落書き問題だが、落書きをした人たちを一方的に責めるのもどうだろうか。もし私がフィレンツェの大聖堂に上り赤煉瓦の屋根が続く町並みに感服しながら隣にいる恋人と肩を寄せ合う状況で手にマジックペンを握っていたならば・・・。そう考えると落書きを100%しないという自信はない。まさかこの状況で隣にいる恋人にヒゲを書く人がいたら「その冷静さ俺にくれ!」と情熱的に叫ぶことにはなるだろうが。

テレビのニュース映像でもご覧の通り、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は落書きだらけである。イタリア語はもちろん、英語にフランス語、中国語に韓国語、ノリピー語とルー語は知らんが、世界の落書き塔だ。もちろん「落書き禁止」の立看板はどこかに設置してはいるだろうけれど、あれほどの落書きを前には意味を成していない。おまけに大聖堂側、市側に落書きを消そうという意思が伝わってこないという面も少なからずある。調べてみると年に1回、落書きの消去作業が行われているとあったが、消去作業があるからそれまでの間は監視あるいは管理しないというラテン民族の大雑把さすら感じる。

事実、日本人による落書きが発覚して高校の野球部の監督が解任されたり、大学生が停学処分を受けたりとメディアの報じる日本人による日本人への処罰に対して「厳しすぎる」との論調がイタリアメディアの率直な感想だ。おそらくイタリア国民としては、「たかが落書きに何もそこまでしなくても」という意識が少なからずあるに違いない。国が違えば良識すら微妙なレベルで誤差が生じるというわけだ。

事の発端となった落書きをした女子短大生が、彼女の通う短大の学長とフィレンツェ市役所を訪れ大聖堂の関係者らに謝罪をしたという。10時間以上かけて謝罪をするために旅費を自腹で再びイタリアの土地を踏んだ彼女。ローマ法王ほか関係者らは日本人の礼節をわきまえる態度や歴史や文化を最優先に重んじる国民性に心を打たれたという。言葉は悪いが結果オーライと言っていいだろう。女子短大生のほんの些細な落書きが日本人の国民性、引いては精神の一部を世界に見てもらうことができただけでも国益なのだから。

今回の落書きがこれだけの大騒動になろうとは誰が予想しただろうか。これから日本人による落書きは随分と減ることになるだろう。国がどうであれ、システムがどうであれ、文化財への落書きはあるまじき行為であることに変わりはない。

一人の日本人の学生がそれを世界に再認識させたということで、今回だけに限り、泣いて済まさせようではありませんか。




MoMAstore

関連記事

コメントを書く

次のXHTMLタグが使用できます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

トラックバックURL