ホームレスとシャロン・ストーン
ホームレスの男性、7年のたくわえを地震被災者に寄付(yahoo!より)
中国の四川大地震発生から二週間、目を覆いたくなるような惨状が今もなおテレビから流れてくる。死者は日ごとにその数を増していき、未曾有の大惨事に他国のこととはいえ心配だ。
そんな大地震後の混乱の中、重慶市の一人のホームレスの男性が自分の財産をすべて寄付したという。その額180元。日本円にして2680円程度。しかしこの2680円はこの男性が7年間もの間、肉体労働や清掃活動、物乞いなどで溜めたまさに命に勝るお金だった。
スタッフに名前などの登録を求められるとこれを断り、募金の意志が書かれた手紙を渡し、募金の記念Tシャツさえ受け取らず、必要としている人のために残してくれと言ったという。
このニュースを読んでいて、何かが深く私の胸に刻まれたような気がした。こつこつと溜めた自分の全財産を、語弊があるかもしれないが、明日の命も保証されていないホームレスの人が手放すということはまさに身を削る行為だと思う。自分の命を差し出したと言っても過言ではない。ホームレスであるために人々に虐げられたこともあるかもしれないし、蔑まれたこともあっただろう。しかし彼は卑屈にならなかった。常に人々のことを貧しいながらも思っていたに違いない。人の役に立つように生きようとしていたに違いない。この荒みきった世の中で優しさなんて生ぬるい言葉で言い表せない個人の強さを感じる出来事ではないだろうか。
そのような中で先日、ハリウッド女優のシャロン・ストーンがこの大震災のことを「チベット動乱に対する報いだ」と発言したという。あきれて物も言えない。もしそれが仮に本心でなかったとしてもそのような事を口にすることは断じて許し難い。何百万人という被災者をたった一言で無視した卑劣で野蛮な行為だ。彼女の映画を観て泣いたり笑ったりしていた私たちはもはや詐欺にあったとしか言いようがない。シャロン・ストーンがどれほどの資産を持っているのか知らないが、募金をしたホームレスの2680円の価値を知ることなどないだろう。
先日、近所のスーパーで私も募金をした。
恥ずかしながら2680円には遠く及ばない額だったが。
アジアの同朋として一日でも早い四川大地震からの復興を祈りたい。
中国の四川大地震発生から二週間、目を覆いたくなるような惨状が今もなおテレビから流れてくる。死者は日ごとにその数を増していき、未曾有の大惨事に他国のこととはいえ心配だ。
そんな大地震後の混乱の中、重慶市の一人のホームレスの男性が自分の財産をすべて寄付したという。その額180元。日本円にして2680円程度。しかしこの2680円はこの男性が7年間もの間、肉体労働や清掃活動、物乞いなどで溜めたまさに命に勝るお金だった。
スタッフに名前などの登録を求められるとこれを断り、募金の意志が書かれた手紙を渡し、募金の記念Tシャツさえ受け取らず、必要としている人のために残してくれと言ったという。
このニュースを読んでいて、何かが深く私の胸に刻まれたような気がした。こつこつと溜めた自分の全財産を、語弊があるかもしれないが、明日の命も保証されていないホームレスの人が手放すということはまさに身を削る行為だと思う。自分の命を差し出したと言っても過言ではない。ホームレスであるために人々に虐げられたこともあるかもしれないし、蔑まれたこともあっただろう。しかし彼は卑屈にならなかった。常に人々のことを貧しいながらも思っていたに違いない。人の役に立つように生きようとしていたに違いない。この荒みきった世の中で優しさなんて生ぬるい言葉で言い表せない個人の強さを感じる出来事ではないだろうか。
そのような中で先日、ハリウッド女優のシャロン・ストーンがこの大震災のことを「チベット動乱に対する報いだ」と発言したという。あきれて物も言えない。もしそれが仮に本心でなかったとしてもそのような事を口にすることは断じて許し難い。何百万人という被災者をたった一言で無視した卑劣で野蛮な行為だ。彼女の映画を観て泣いたり笑ったりしていた私たちはもはや詐欺にあったとしか言いようがない。シャロン・ストーンがどれほどの資産を持っているのか知らないが、募金をしたホームレスの2680円の価値を知ることなどないだろう。
先日、近所のスーパーで私も募金をした。
恥ずかしながら2680円には遠く及ばない額だったが。
アジアの同朋として一日でも早い四川大地震からの復興を祈りたい。





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