とりあえずトリビー

とりあえずトリビー

「とりあえず病」は飲み屋だけでZDNet Japanより)


随分と暖かくなってきた。ひと雨ごとにビールが美味しい季節がやってくるわけだが、居酒屋などでビールを注文する時に「とりあえずビール」と言った経験は誰しもお持ちのことだろう。この「とりあえずビール」。多種多様なメニューの中からすぐには決め兼ねる状況で、仕方なくオーダーする時の常套句として成立しているわけであるが、これはビールに対しての冒涜であり、この世の飲み物とは思えない冷えたビールをないがしろにしていると言えるのではないだろうか。

以前、私の友達に「とりあえずビール禁止令」なるものを発令した輩がいた。飲みに行った時、最初に「まずはビールと言え」、と鼻息も荒くその場にいた私達に説いたのだが、これがまた飲み終わった後のデザート代わりにビールを注文するほどのズバ抜けたビール党であったから、皆、彼に従い、そして賛同した。

しかしよくよく考えてみれば、「とりあえず」は「こらえる。耐える」の意味の「敢ふ」に打ち消しの助動詞がついて「敢へず」という連語になったわけで、意味としては「こらえきれない」であるというから、今までの概念は脆くも崩れ去ってしまう。愕然とする感情を抑えつつも、素直にその意味を当てはめてみるとこうなる。

「ご注文の方はお決まりでしょうか?」

「えーと、こらえきれないビールを」

どんだけビールを待ちわびている客なのだろうと、店員もそのビールに対するモチベーションに背中を押され「へい、喜んで」となるのではないだろうか。「とりあえずビール」とはまさにビールに対する至高の賛辞と溢れんばかりの敬意に満ちた言葉だったのだ。「とりあえずビール禁止令」を前述の友達が発令するまでの数年間の私が正しかったのだと思うともはや後悔もしようがない。

それにしても言葉というものは得てして流動的であり、生物のように形を変えながら成長していくから面白い。発生した時点で様々な意味を持つ可能性を孕んで人の口から口へと移ろい歩んでいく。トゲトゲしたイモ虫が華麗な模様の蝶になるように、全く反対の意味に変化した言葉も数知れない。常々思うことではあるが、一向に尽きない言葉の魅力に今回もまた、魔法にかけられたような気分にさせられてしまった。

今年の夏も例年に違わず暑くなるだろう。地球の未来を考えると喜んでもいられない話ではあるが、暑さに比例して美味しくなるのがビールだ。

言葉の意味などひとまず置いて、とりあえず飲もうではないか。



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