媚びない男達
「周りのバンドがこぞって東京進出していた頃に、なぜあなたは地元福岡を離れなかったのか?」武田鉄矢の質問に彼はこう答えた。
「福岡に母親がいたからかもしれない」
昨夜、NHKの番組に鮎川誠が出演していた。武田鉄矢のナビゲートでゲストのふるさと探訪といった主旨のローカルプログラム。鮎川誠の出身地である久留米市を彼のゆかりの地に立ち寄りながら紹介していくというシンプルな企画ではあるが、鮎川誠の生い立ちを知ることは、今さらながらではあるが、興味深い。
今年還暦とは思えないその風貌とファッションに露骨なまでの筑後弁。一見荒削りのように見えて実はどこまでも繊細なギターワークと、彼の魅力は尽きない。特に印象的なのがやはり彼の方言ではないだろうか。いつも思うことだが方言というものは標準語の対極ではない。その土地に根付いた言葉はその土地に住んでいる人にとっては標準語である。向こうは向こうの言葉、こっちはこっちの言葉というだけの同類項だと思う。
メディアを問わずに九州弁を使う彼にとって、九州、あるいは福岡出身ということは決してプライドではない。彼の何者にも媚びないというポリシーなりスタイルがプライドであって、九州福岡という地は、掛け値なしに愛すべき母なる大地なのである。前述した「母親がいたから東京へは行かなかったのかもしれない」という言葉は、実際女手一つで彼を育てた母親に向けて語られた言葉ではあるが、「母親」の意味を広義で捉えるとすれば、サンハウスで名を馳せたにもかかわらず、中央へ行くことを拒んだ理由としてその場所を愛していたからと言えば納得がいく。アメリカ人の父を持つ彼にとって自身が何者かであることの証明としての場所。福岡が大好きなのだろう。
よく人との話の流れで「生まれ変われるなら誰になりたい?」と問われたことが誰しもあると思うが、そういう時に私はいつも福岡を中心に活動を展開するローカルタレント「安田栗之助」と言っている。安田栗之助もまた鮎川誠同様、九州弁全開でメディアに登場する人物だ。彼もまた誰にも媚びていない。あっけらかんとしてぶっきらぼう、テレビをテレビと思わずに等身大のまま番組内を突き進んでいく彼の姿に清々しささえ覚えるほどだ。栗之助についてはウィキペディアに詳しいから省略するが、今でもその思いは変わらない。
人は人に媚びた時点で関係性は嘘になる。コミュニケーションのバランスは脆くも崩れ去り、立前の砦に囲まれてしまう。そんな人間関係が面白いはずもなく、ストレスは募るばかりだ。大好きな土地で誰にも媚びずに素直な気持ちで暮らせるとすれば、こんなに幸せなことはないのではなかろうか。テレビで取り留めもない昔話を淡々と語る鮎川誠は、今でこそ活動拠点を東京に移してはいるものの、ロックミュージシャンである前に一人の人間として底知れぬ優しさに満ちていた。
「生まれ変われるなら誰になりたい?」という問いに対して「鮎川誠」って答えがどうやら一つ加わったようだ。
↑ちなみに安田栗之助
「福岡に母親がいたからかもしれない」
昨夜、NHKの番組に鮎川誠が出演していた。武田鉄矢のナビゲートでゲストのふるさと探訪といった主旨のローカルプログラム。鮎川誠の出身地である久留米市を彼のゆかりの地に立ち寄りながら紹介していくというシンプルな企画ではあるが、鮎川誠の生い立ちを知ることは、今さらながらではあるが、興味深い。
今年還暦とは思えないその風貌とファッションに露骨なまでの筑後弁。一見荒削りのように見えて実はどこまでも繊細なギターワークと、彼の魅力は尽きない。特に印象的なのがやはり彼の方言ではないだろうか。いつも思うことだが方言というものは標準語の対極ではない。その土地に根付いた言葉はその土地に住んでいる人にとっては標準語である。向こうは向こうの言葉、こっちはこっちの言葉というだけの同類項だと思う。
メディアを問わずに九州弁を使う彼にとって、九州、あるいは福岡出身ということは決してプライドではない。彼の何者にも媚びないというポリシーなりスタイルがプライドであって、九州福岡という地は、掛け値なしに愛すべき母なる大地なのである。前述した「母親がいたから東京へは行かなかったのかもしれない」という言葉は、実際女手一つで彼を育てた母親に向けて語られた言葉ではあるが、「母親」の意味を広義で捉えるとすれば、サンハウスで名を馳せたにもかかわらず、中央へ行くことを拒んだ理由としてその場所を愛していたからと言えば納得がいく。アメリカ人の父を持つ彼にとって自身が何者かであることの証明としての場所。福岡が大好きなのだろう。
よく人との話の流れで「生まれ変われるなら誰になりたい?」と問われたことが誰しもあると思うが、そういう時に私はいつも福岡を中心に活動を展開するローカルタレント「安田栗之助」と言っている。安田栗之助もまた鮎川誠同様、九州弁全開でメディアに登場する人物だ。彼もまた誰にも媚びていない。あっけらかんとしてぶっきらぼう、テレビをテレビと思わずに等身大のまま番組内を突き進んでいく彼の姿に清々しささえ覚えるほどだ。栗之助についてはウィキペディアに詳しいから省略するが、今でもその思いは変わらない。
人は人に媚びた時点で関係性は嘘になる。コミュニケーションのバランスは脆くも崩れ去り、立前の砦に囲まれてしまう。そんな人間関係が面白いはずもなく、ストレスは募るばかりだ。大好きな土地で誰にも媚びずに素直な気持ちで暮らせるとすれば、こんなに幸せなことはないのではなかろうか。テレビで取り留めもない昔話を淡々と語る鮎川誠は、今でこそ活動拠点を東京に移してはいるものの、ロックミュージシャンである前に一人の人間として底知れぬ優しさに満ちていた。
「生まれ変われるなら誰になりたい?」という問いに対して「鮎川誠」って答えがどうやら一つ加わったようだ。
↑ちなみに安田栗之助







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