迷宮をさまよう和音

迷宮をさまよう和音



「ビートルズ名曲冒頭の音の謎」を数学者が解明WIRED VISIONより)

ジャーンというコードで始まるビートルズのお馴染みのナンバー『A Hard Day’s Night』。その冒頭でかき鳴らされる「ジャーン」の部分のコードが分かったそうだ。が、「えっ、分かっていなかったの?」というのが率直な私の感想である。

ビートルズは高校生の頃から聴いてはいたが、溺れるほど心酔していたわけではなかった。友達からすぐに口ずさめるような代表曲をカセットテープに録音してもらって気が向いた時にだけ鳴らす。ビートルズの楽曲との付き合いはその程度のものだった。『A Hard Day’s Night』ももちろん聴きはしていたが、当時が人生の最低テンションだった私にとってどちらかと言うと、アップテンポのハードナンバーよりは暗めのバラード系を好んで聴いていた覚えがある。『OB-LA-DI, OB-LA-DA』な高校生活に憧れつつも実際は『WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS』だった。

こんなところで当時の私のテンションの低さを語っても仕方ない。「ジャーン」だった。この『A Hard Day’s Night』の冒頭の「ジャーン」にはビートルズにいた二人のギタリスト(ジョンとジョージね)と一人のベーシスト(ポール)が一度の録音では出せない音が含まれていたというから何やらミステリアスではないか。多重録音の技術を使えば何てことはない話だが、専門家の話によるとその可能性はないとしている。何十年も「ジャーン」のコードが解明されなかった要因はその出せないはずの音がネックとなっていたというわけだ。となるとその出せない音の出所は?そこにあるべきではないサウンドを奏でた者は一体誰?残されたビートルズのメンバーからして・・・リンゴ・スター。そう、じっちゃんの名にかけて犯人はリンゴ・スターだ。という話になればリンゴはドラムセットの前で何をしているんだということになるので、答えを申し上げると五人目のビートルズことプロデューサーのジョージ・マーティンだった。彼が演奏したと思われる五つのピアノ音があの「ジャーン」の中には含まれていたそうだ。

ご紹介が遅れました。これを突き止めたのは、英ダルハウジー大学のJason Brown教授という人でフーリエ変換という何やら訳の分からない数学技術を用い、半年もの時間を費やして解明したというからもはや執念とも言える。元記事にはD3だのF3だの12弦だの周波数だの催眠効果抜群の専門用語が頻出しており素人の私に理解できるものではなかったが、要はあの「ジャーン」はギターだけで演奏されたものではなく、ピアノの音も混じっていたという結論だ。

実際に聴いてみると、聴こえるような聴こえないような微妙な感触だ。元記事への反論として数字ではなく音楽的に解析された信用に値する記事があった。それによると、ピアノなどに精通している人が聴けば当然のようにピアノの音は聴こえると言うし、すでにビートルズのレコーディング記録をまとめた書籍などでもピアノの音が入っていることは知られていたという。加えて多重録音されたという専門的な状況証拠の他、当時レコーディングに使用されたピアノの弦にまで言及しているから、もしかしたらBrown教授の論説は誤りであるのかもしれない。反論が素早いレスポンスだったため、いざブログを書くとなった時に戸惑ってしまったが、信じる信じないは別としてたった一和音のためにここまで調べあげる人がいるのかと感動すら覚えてしまった。興味のある方はこの記事(WIRED VISION内での元記事へのトラバです)を読んで頂きたい。

謎は解けば解くほど深まっていく。Brown教授にしろ、反論記事を書いた高森郁哉氏にしろ真実に限りなく接近はしているものの、それは真実ではない。しかしルネサンス期の絵画に見受けられるような暗号にも似た、専門家すら悩ませる複雑怪奇なコードに彼らビートルズは特別な意味など持たせてはいないはずだ。ただその音を耳にする世界を一和音で引きつけ、一和音で虜にし、一和音で麻痺させることに全感性を注いだに違いない。その結果、音楽理論を超えた気持ちよくカッコいい和音に辿り着いただけの話ではないか。超感覚的な和音とでも言おうか、コンピューターでは決して成し得ない血肉の通ったサウンドを理詰めの数式を通して解いたところで答えに到達することなどないと思う。

『レコードで聴こえる通りのことが、必ずしも実際の演奏で行なわれているとは思わないことだ』

プロデューサーのジョージ・マーティンが言うように、音楽とはかくも不可思議なものなのである。




関連記事

コメントを書く

次のXHTMLタグが使用できます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">

トラックバックURL