眼鏡を外せば見えてくる
久しぶりに映画を観た。と言ってもDVDの話だ。以前より何となく観たいなと思っていた「めがね」。
主人公役の小林聡美は好きな女優の一人だ。彼女のエッセイを数冊読んだことがあって、その鋭敏かつ怠惰な感性は整った文体とも相まって、時に絶妙なクールさをもって読者を引き込んでいく。実にうらやましい限りである。
さて、「めがね」の方と言えば。鑑賞前の無駄情報としてこの映画は「ゆるい」と聞いていた。「ゆるい」と言えば、今はやりの癒し系だとか、ほのぼの系を想像してしまうところだが、そんな単純な映画を小林聡美が引き受けるわけがない。
南の島(与論島)を舞台にした人間模様が描かれたこの作品は、セリフを極力抑えて、これは必要では、と思わせる言葉でさえ観る者に任せている点がまず印象的だった。言葉を省略すれば演技力あるのみ。小林聡美は言うに及ばず、市川実日子、加瀬亮、もたいまさこ、光石研、等の目が実にうまくセリフを表現していたと思う。特にもたいまさこの目は雄弁だ。恐ろしいくらいに言葉の奥の奥の意味まで語っているようで圧巻だった。
小さな南の島の海と空以外何もないところでは、その人間関係がテーマの主軸となるものが多い中、この映画では、言葉以外に無駄な人間関係をも省略している。省略していると言っても人と人とが関わらないことにはストーリは始まらない。人間関係を意図的に希薄にしたとでも言おうか。深く複雑に絡みあったりはしていない。そこに「ゆるさ」を見るのも考え方だが、明らかにストーリーが淡く幻想感を増す。もたいまさこ演じるサクラを中心にした島での出来事を明るく強い日射しの中で幻想的に描かれている点で言えば宗教色が強いと言っていいかもしれない。しかしそれはずっと昔からそこにある、人間の生活の隣に寄り添った宗教。朝な夕なに礼拝するような自然なものだ。
宗教とは単純に言えば人間の心を平穏に導くものであり、日々をフラットに生きるための拠り所である。現代の感覚から言えばイコールでないにしろ「ゆるさ」を求める心もまた宗教的とは言えないだろうか。スローライフしかり、癒し系しかり、安寧を求める人々にとって身近で有効な行動様式。そうやって心をリセットし、落ち着きを取り戻した後にまた旅は始まる。
小林聡美演じるタエコが島を出る前の車中のシーンで眼鏡を外に落としてしまう。おそらく眼鏡は人や物事をはっきりと見極め取捨するためのメタファーなのではないだろうか。情報過多のストレス社会に生きる私たちにとって、時にそれらに干渉しない努力も必要だ。眼鏡を失くしたタエコの解放されたような安堵の表情がすべてを物語っていた。
数々の暗示を残したままエンディングを迎える「めがね」。眼鏡を外してそれらの暗示を気にしないで鑑賞すれば、大切なものが鮮やかに「見えて」くる。
主人公役の小林聡美は好きな女優の一人だ。彼女のエッセイを数冊読んだことがあって、その鋭敏かつ怠惰な感性は整った文体とも相まって、時に絶妙なクールさをもって読者を引き込んでいく。実にうらやましい限りである。
さて、「めがね」の方と言えば。鑑賞前の無駄情報としてこの映画は「ゆるい」と聞いていた。「ゆるい」と言えば、今はやりの癒し系だとか、ほのぼの系を想像してしまうところだが、そんな単純な映画を小林聡美が引き受けるわけがない。
南の島(与論島)を舞台にした人間模様が描かれたこの作品は、セリフを極力抑えて、これは必要では、と思わせる言葉でさえ観る者に任せている点がまず印象的だった。言葉を省略すれば演技力あるのみ。小林聡美は言うに及ばず、市川実日子、加瀬亮、もたいまさこ、光石研、等の目が実にうまくセリフを表現していたと思う。特にもたいまさこの目は雄弁だ。恐ろしいくらいに言葉の奥の奥の意味まで語っているようで圧巻だった。
小さな南の島の海と空以外何もないところでは、その人間関係がテーマの主軸となるものが多い中、この映画では、言葉以外に無駄な人間関係をも省略している。省略していると言っても人と人とが関わらないことにはストーリは始まらない。人間関係を意図的に希薄にしたとでも言おうか。深く複雑に絡みあったりはしていない。そこに「ゆるさ」を見るのも考え方だが、明らかにストーリーが淡く幻想感を増す。もたいまさこ演じるサクラを中心にした島での出来事を明るく強い日射しの中で幻想的に描かれている点で言えば宗教色が強いと言っていいかもしれない。しかしそれはずっと昔からそこにある、人間の生活の隣に寄り添った宗教。朝な夕なに礼拝するような自然なものだ。
宗教とは単純に言えば人間の心を平穏に導くものであり、日々をフラットに生きるための拠り所である。現代の感覚から言えばイコールでないにしろ「ゆるさ」を求める心もまた宗教的とは言えないだろうか。スローライフしかり、癒し系しかり、安寧を求める人々にとって身近で有効な行動様式。そうやって心をリセットし、落ち着きを取り戻した後にまた旅は始まる。
小林聡美演じるタエコが島を出る前の車中のシーンで眼鏡を外に落としてしまう。おそらく眼鏡は人や物事をはっきりと見極め取捨するためのメタファーなのではないだろうか。情報過多のストレス社会に生きる私たちにとって、時にそれらに干渉しない努力も必要だ。眼鏡を失くしたタエコの解放されたような安堵の表情がすべてを物語っていた。
数々の暗示を残したままエンディングを迎える「めがね」。眼鏡を外してそれらの暗示を気にしないで鑑賞すれば、大切なものが鮮やかに「見えて」くる。





コメントを書く