天に唾すりゃ天が罰

雨雲

●人間活動の影響で米南東部では週末より週間に多く雨が降る、NASAが研究報告
Technobahnより)

これとは逆になってしまうが、たとえば
「週末になると空模様が崩れる」とか。
そういうジンクスが、もしジンクスでないとしたら。
普段のなにげない日常生活が、それを引き起こしているとしたら。
我々の発想は、根本から揺らぐ。

上記記事の研究結果では「米南東部」という括りがあるわけだが。
地域や風土の違いによるズレはそう大きくないと思う。

人間活動が、天候に影響を及ぼす。
ここに私は興味を引かれた。

地球温暖化、という言葉に安易に乗っかりたくはないが。
近年の世界各地における洪水や竜巻など異常気象の頻発ぶりは
やはり人間自身が結果的にそれを招いていると考えるべきなのだろう。

仕方がない、で片付けるられるだろうか。

中国では人工的に降雨をコントロールする研究が進められている。
雨雲めがけてロケット打ち込んだりヨウ化銀ばらまいたりとか。
それなりに実績も上げているようだ
北京五輪の開会式当日も快晴にしてみせると息巻いている。

恣意的に天候を操作すること。
知らず知らずのうちに天候に影響を与えていること。
まったく逆の要素に思えるかもしれないが。
人間が地球に与える「力」の大きさ、という点では共通する。

雨の語源は「天(あめ)」である(語源由来辞典より)。
天は、神の住むところと古来から考えられてきた。
おてんとさんにゃ逆らえねえ、と。

日本人が激しい気候の変動や度重なる天変地異に耐え忍んできたのは。
この「あきらめ」の心境に深く根ざしていたからではないか。

それがもし、おてんとさんにゃ逆らえる、ということになれば。
我々はとことんまで逆らおうとするに違いない。
それが人間というものだ。

自然をねじ伏せることで、人間は進化してきた。
ねじ伏せられ続けた自然は、今静かに反逆を起こそうとしている。

その反逆を、やはりねじ伏せることでしか我々は生きながらえないのか。

人間が築いてきた「文明」というものがそこまで浅薄ではないことを
私は信じたい。





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