蹴られる故人

サッカーボール

オーストリアの葬儀社、サッカーボール型の骨つぼ販売エキサイトニュースより)

このニュースを目にして真っ先に頭に浮かんだのは、サッカーの起源にまつわる有名な一説
8世紀頃のイングランドでは、 戦争で相手国の将軍の首を取ると、勝利の雄叫びと
共に切り取った首を蹴って、 その勝利を称える風習があったという。
骨壺と生首。なんとなくイメージが結びついた。
サッカーというスポーツには、どことなく死の影がつきまとっているように
思える。あくまでも個人的なイメージだが。
ちなみに国際サッカー連盟(FIFA)の会長が2004年06月に認定したサッカー発祥の地は、中国であるらしい。

つい先日、叔母が亡くなり、その葬儀に参加した。
火葬も終え、骨壺となって我々のもとに戻ってきた叔母。
何かと可愛がってもらった。81才。まあ天寿を全うしたといえようか。
三年前の同じ頃に他界した私の父親と、面立ちがよく似ていた。

段取りが合わずにぽこんと時間が空いてしまい、やるべきことがすべて
終わった後も遺族は火葬場の待合室で待機する形になった。
ベンチに座り込んでぼーっとする。

親戚づきあいはあまり得意ではない。話も弾まない。
比較的年齢の近い男の子(といっても30過ぎているが)と世間話に近い
どうでもいい会話で暇つぶし。それもやがて尽きると、煙草をふかすばかり。
この男の子とは、三年前にもここでこうやって時間をつぶしていたっけ。
小さい子供達はポータブルゲーム機に首ったけ。あまり騒ぐ子もいない。

ちょっとこれ管理しといて、と喪主の奥さんトイレに立つ。
私の前に回ってきた骨壺。
白い布に包まれた四角い箱。

最後に見た死に顔は綺麗だった。
死に顔まで、親父にそっくり。

手持ち無沙汰も手伝って、箱に触れてみる。
滑らかな布の感触。それだけ。
特に何らかの感慨があるわけでもない。
持ってみると、想像よりも重かった。
ほとんどが骨壺自体の重さだろうと思う。

ようやく準備が整い、次の会場へと向かう一行。
骨壺は一人残された故人の姉が、後生大事に携えていたが。

それとセットになるはずの位牌と遺影は、霊安室に置かれたまま
その存在さえすっかり忘れ去られていた。


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