老舗にシニシズムは要らない

千年、働いてきました

【書籍】野村進『千年、働いてきましたー老舗企業大国ニッポン』

日本には、創業から千年以上の歴史を刻む企業がいくつかある。
古くは飛鳥時代(金剛組、578年〜)から。江戸明治は洟垂れ小僧。
さすがに飛鳥まで古くなると伝承の部類に入ってくるが。
まあ言ったもん勝ちである。確かめようがない。

我が国の長寿企業の割合は、他の国に比べてもずば抜けて多いらしい。
きっと「組織」というものの認識の仕方が違うのだろう。
それは日本人の特色でもあり、ある面においては短所ともなり得る。

上記の書籍をもとにした番組が、NHK『知るを楽しむ』の中で
長寿企業は日本にあり」というタイトルで放映された。
著者の野村進自身が番組のプレゼンターを務めていた。
もうかなり日は経っているが、私が見たのはつい最近の再放送なので
今採り上げている。私の中ではホットなトピックスなのだ。
私が観たのは第3回「造り酒屋のバイオテクノロジー」。


まず出てきたのは、この映像。



バイオロジカル・ウール・ハーベスティング(BWH)羊毛収穫法
ひつじnewsより)

羊毛の刈り取り作業は、大変な手間と労力を要する。
中腰での長時間の作業により作業者は腰を痛めることが多い。
また、バリカンの刃によって肌を傷つけられた羊は、その傷口から
感染症を引き起こすこともあるので、注意が必要になる。

その手間を大幅に軽減する技術として開発されたのが、上記のBWH。
あらかじめ羊の身体にネットを被せ、とある薬剤を注射する。収穫時期には
まるでセーターを脱ぐようにするりと羊毛が収穫できる。
手品のような魔法のような、そして夢のような手法。

これを開発したのが、日本の老舗醤油メーカー(ヒゲタ醤油、1616年創業)
だというのだ。
研究のために工場の敷地内で採集した土壌の中に、含まれていた微生物。
最初は何の使い道があるのかわからない。
試行錯誤の結果、生えてくる毛を細くする(:抜けやすくなる)という効能が発見された。
そしてそれが有史以来長らく続いていた羊毛収穫の手法に革命をもたらすことに
つながったわけだ。元来が自然のものなので、副作用もない。
これを「日本型バイオテクノロジー」と呼ぶそうだ。
欧米型の遺伝子操作によるアプローチとは対極を成す。
長年の経験やノウハウに基づく技術であり、世界から注目されている。

日本の醤油と、オーストラリアの羊毛。
まったく接点のないものが、一本の線で結びつく。その過程が面白い。
老舗の名にしがみつくことなく、たゆまぬ研究を重ね、思いがけず得た副産物
によってさらに新しい成果を得た。そうしてビジネスは広がっていく。

技術とデータの蓄積。
老舗を老舗たらしめんとするものは、そこにある。
頑なに守り続けることが伝統を築くのではない。
革新と信念。そして柔軟性。
それを維持していくことが、いかに難しいか。
老舗とは、その課題を克服してきた企業のみが手にすることのできる称号である。


もうひとつ紹介されていたのは、香川県の勇心酒造
創業安政元年(1854年)というから150年以上の歴史を持つ。
現社長の徳山孝は酒づくりよりも、その原料である「米」の研究に没頭してきた。
米は日本が世界に誇れる「資源」のひとつである、と。
壮絶な苦労の末、研究の成果が徐々に実り始める。
アトピーに効果のあるクリーム、肌にやさしい化粧品、そして入浴剤。

大手メーカー2社から、米を使った入浴剤の共同開発話が持ちかけられる。
社長は相手を信用して、長年かけて蓄積してきたデータを渡した。
するとメーカー側はそのデータをもとに無断で商品の販売を始めたという。
勇心酒造は訴訟を起こすが、裁判費用が続かず泣き寝入りの結果になったそうだ。

取材中に義憤にかられたプレゼンターの野村氏、思わず社長にこう進言する。

 その企業名、実名で載せましょうか

すると徳山社長は独特の柔らかい小さな声で

 品がなくなりますから

と答えたらしい。
私はこの「品がなくなりますから」という言葉にシビれた。

老舗のプライド。
開発者としての気高き理念。
品格、という言葉は最近多用され過ぎて陳腐に響くかもしれないが。
経営者の品格というものがまるで匂い立つように感じられた。

企業は「法人」と呼ばれるように、それぞれが人格を持つ。
この人格が、品性下劣に陥っているところも最近は数多く見受けられる。
言うまでもなく、企業を担うのは、個人である。
ひとりひとりの自覚が薄れれば、会社はたちまち堕落していく。

ある日、ひとりが立ち上がり、それに賛同するものが集う。
そして「組織」ができあがる。

やがて構成する人員は移り変わり。年月を重ねていく。
それでも「組織」は受け継がれ、休むことなく機能する。

かたちのない“結びつき”。
では人々を結びつけているものは何か。
しかもそれが千年もの間、持続しているのは何故か。
決して利害関係だけではないはず。

勇心酒造の社訓は「不義にして富まず」だそうだ。
義理を欠いてまで(:人の道を外れてまで)利益を得るべからず。

企業による不義が横行する現代。
追い詰められた者が、なりふり構わず金の匂いに群がる。

そこに経営者としての美学はない。


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