WHYと齢(よわい)
超ディープな児童向け学習誌!『週刊しゃかぽん』って何だ?(R25.jpより)
朝日ジュニアシリーズ『週刊しゃかぽん』は、朝日新聞出版が発行している
小学生向けの社会誌、だそうだ。税込490円。
なかなかに面白そうな内容だ。
大人でも答えに窮するような疑問に対して、つとめてわかりやすく丁寧に
説明しているらしい。
ちょっと読んでみたい。
現時点で50号まで出ているようだが、上記記事によるとすでに終了することが
決まっているらしい。残念だ。バックナンバーを取り寄せてまで読みたいとは
思わないところも、ある意味大人的。
現代社会はもはや、一般的な大人がきちんと答えを示してやれるほど単純な
ものではなくなった。
子供たちの「なんで?なんで?なんで?」に対応できない。
そういうニーズに応えられるのは、子供向けの週刊朝日なのかもしれない。
しゃかぽん、という誌名も良い。
頭をしゃかしゃかと振って答えがぽんと出るイメージなのだろう。
子供は明快さを好む。
疑問があれば即座に答えが提示されるような“反射性”が求められる。
週刊ならばネタが古くなるのも最小限にとどめることができよう。
バックボーンが朝日新聞であれば時事ネタにも強い。
朝日というメディア自体には賛否両論あるかもしれないが。
社会科は、「理解」するのが難しい教科だと思う。特に小学生にとっては。
地理や歴史や政治や経済などのいわゆる「社会科」に含まれる要素は、
すべて相互に密接に関連しており、社会の仕組みそのものをあらかじめ
トータルできちんとイメージした上で学ばねばならない。
つまりは、社会を「体感」する必要がある。ある程度は。
でないと「理解」にまでたどり着かないのだ。
私は現在、社会科が面白いと感じる。
小学生の頃は、さほどでもなかった。
まあ得意な科目ではあったが、それは暗記が比較的得意だったからだ。
この年齢に達した今、社会科は私にとってすこぶる「身近な」話題。
得る知識は、そのまま実践につながる。
社会的な経験が圧倒的に不足している小学生たちは、社会科で学ぶ事柄の
ひとつひとつがすべて自分の生活と地続きであることをイメージできない。
だから、ひとまず丸覚えするしかない。
途端につまらなくなる。
それが意味のある行為だとは思えないからだ。
疑問を持つ子供は、まだいい。
なぜなぜなぜと連発する子は、自分の中でイメージを構築しようと材料を
懸命に探している様子の現われである。
疑問を持たない子も多い。
どうしてこれはこうなると思う? とこちらから問題を提起してあげない限り
そこに問題があることに気づかない。気づけない。
言われるまで気づかなかった、と答えてしまう。たいていは。
これはとても恐ろしいことだ。
「教育」の核心は、ここなのだと思う。
気づかせること。
疑問を持つように啓発すること。
それは社会科に限らず、すべての分野に当てはまる。
疑問さえ持つようになれば、後は独力ででも突き止めようとする。
子供は疑問をそのままにしておくことができない。
大人は「棚に上げる」ことができる。この違い。
子供のうちに棚に上げることを覚えてしまうと、やがて棚の上が一杯になり
ある日一斉に落ちてきて、押しつぶされる。
そうなってしまっては、もう手の打ちようがない。
大人は、棚に上げておいたものが何かの拍子にハッと「見つかる」ことがある。
ああこういうことだったのか、と思いがけず答えにたどり着く。
ただしそれは大人ゆえの「経験」がそうさせるのであって。
子供の頃からただ闇雲に棚上げしてしまっては、収納スペースがいくらあっても
足りない。
社会科を学ばせるには、社会を学ばせる。これしかない。
お父さんが今月一日にガソリンスタンド前の行列に加わったのは何故?
お母さんが冷凍食品売り場でたっぷり時間をかけてチェックしているのは何故?
おばあちゃんが病院に行く回数が減ったのは何故?
お姉ちゃんがカンパ袋を手にして泣いていたのは何故? それは知らん。
子供たちの「何故?」を全力で受け止める社会。
ひょっとしたらそれが、大人の抱える「何故?」を解決するきっかけに
つながるかもしれない。
しゃかぽんと音を立てて世の中が変わる。
朝日ジュニアシリーズ『週刊しゃかぽん』は、朝日新聞出版が発行している
小学生向けの社会誌、だそうだ。税込490円。
なかなかに面白そうな内容だ。
大人でも答えに窮するような疑問に対して、つとめてわかりやすく丁寧に
説明しているらしい。
ちょっと読んでみたい。
現時点で50号まで出ているようだが、上記記事によるとすでに終了することが
決まっているらしい。残念だ。バックナンバーを取り寄せてまで読みたいとは
思わないところも、ある意味大人的。
現代社会はもはや、一般的な大人がきちんと答えを示してやれるほど単純な
ものではなくなった。
子供たちの「なんで?なんで?なんで?」に対応できない。
そういうニーズに応えられるのは、子供向けの週刊朝日なのかもしれない。
しゃかぽん、という誌名も良い。
頭をしゃかしゃかと振って答えがぽんと出るイメージなのだろう。
子供は明快さを好む。
疑問があれば即座に答えが提示されるような“反射性”が求められる。
週刊ならばネタが古くなるのも最小限にとどめることができよう。
バックボーンが朝日新聞であれば時事ネタにも強い。
朝日というメディア自体には賛否両論あるかもしれないが。
社会科は、「理解」するのが難しい教科だと思う。特に小学生にとっては。
地理や歴史や政治や経済などのいわゆる「社会科」に含まれる要素は、
すべて相互に密接に関連しており、社会の仕組みそのものをあらかじめ
トータルできちんとイメージした上で学ばねばならない。
つまりは、社会を「体感」する必要がある。ある程度は。
でないと「理解」にまでたどり着かないのだ。
私は現在、社会科が面白いと感じる。
小学生の頃は、さほどでもなかった。
まあ得意な科目ではあったが、それは暗記が比較的得意だったからだ。
この年齢に達した今、社会科は私にとってすこぶる「身近な」話題。
得る知識は、そのまま実践につながる。
社会的な経験が圧倒的に不足している小学生たちは、社会科で学ぶ事柄の
ひとつひとつがすべて自分の生活と地続きであることをイメージできない。
だから、ひとまず丸覚えするしかない。
途端につまらなくなる。
それが意味のある行為だとは思えないからだ。
疑問を持つ子供は、まだいい。
なぜなぜなぜと連発する子は、自分の中でイメージを構築しようと材料を
懸命に探している様子の現われである。
疑問を持たない子も多い。
どうしてこれはこうなると思う? とこちらから問題を提起してあげない限り
そこに問題があることに気づかない。気づけない。
言われるまで気づかなかった、と答えてしまう。たいていは。
これはとても恐ろしいことだ。
「教育」の核心は、ここなのだと思う。
気づかせること。
疑問を持つように啓発すること。
それは社会科に限らず、すべての分野に当てはまる。
疑問さえ持つようになれば、後は独力ででも突き止めようとする。
子供は疑問をそのままにしておくことができない。
大人は「棚に上げる」ことができる。この違い。
子供のうちに棚に上げることを覚えてしまうと、やがて棚の上が一杯になり
ある日一斉に落ちてきて、押しつぶされる。
そうなってしまっては、もう手の打ちようがない。
大人は、棚に上げておいたものが何かの拍子にハッと「見つかる」ことがある。
ああこういうことだったのか、と思いがけず答えにたどり着く。
ただしそれは大人ゆえの「経験」がそうさせるのであって。
子供の頃からただ闇雲に棚上げしてしまっては、収納スペースがいくらあっても
足りない。
社会科を学ばせるには、社会を学ばせる。これしかない。
お父さんが今月一日にガソリンスタンド前の行列に加わったのは何故?
お母さんが冷凍食品売り場でたっぷり時間をかけてチェックしているのは何故?
おばあちゃんが病院に行く回数が減ったのは何故?
お姉ちゃんがカンパ袋を手にして泣いていたのは何故? それは知らん。
子供たちの「何故?」を全力で受け止める社会。
ひょっとしたらそれが、大人の抱える「何故?」を解決するきっかけに
つながるかもしれない。
しゃかぽんと音を立てて世の中が変わる。






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