南蛮文化とおチョコ傘
台風でも大丈夫な傘 オランダから初上陸 (FujiSankei Business i.より)
「時速100キロメートルの風に耐えられる」傘なのだそうだ。
時速100kmの風がどの程度のものなのか。あまりピンとこないが。
ちなみに“風速”100kmと表現するとニュアンスが少々変わってくる。
風速の単位は日本では通常m/s(
メートル毎秒)。
1m/sは時速に直すと3.6km/h。すなわち風速100kmは
27.77777777778m/s(毎秒約27.8メートルで進む風)。
風速28メートルはまぎれもなく「台風」の範疇である。しかもかなり強い。
本当にそんな強風にも耐えられるのだろうか。
耐えられる、というわけではなく構造的にうまく風を受け流すデザイン(広げた
ときに前後が非対称になる)であるようだ。空気力学に基づいた設計で、強風でも
裏返ることがない。エアロダイナミズムである。今や傘にもエアロの時代。
これが普及してしまうと、ニュース映像などではおなじみの「おチョコになった
カサ」が見られなくなる。
これは報道カメラマンにとっては死活問題となる。
台風を表現するための「記号」としての映像が、もうつくれない。
春一番といえばスカート。
夏には噴水で遊ぶ子供。
雪の季節には足をすべらせる歩行者。
どれもが記号として長らく使用されている。
ニュースでおチョコの傘を目にしないことには、視聴者は台風が来たことを
実感できないかもしれない。
台風の時期に限って言えば、傘は雨を避けるための器具ではなく、おチョコに
するためにさすものなのだ。
パフォーマンスの小道具のひとつなのだ。
こんなに強風と大雨の中を私は歩いているのですよ、とアピールするために
おチョコの傘は欠かせない存在であるのだ。
それ以外に、台風の中で傘を開く意味があるだろうか。
オランダにはおチョコ傘を愛でる文化は根付いていないのかもしれない。
傘はおチョコになってはならない、という概念があるのだろう。
風車の国は、風をコントロールする。風は日常であり、生活の一部。
一方、台風銀座と呼ばれる我が国にとって、風は「イベント」なのだ。
ほら交通機関がマヒするぞ。屋根から足を踏み外すぞ。船の様子を見に行くぞ。
そうやってつかの間の非日常をやり過ごすことで「生きていること」を感じる。
日本人は、自然に翻弄されながらも、自然を受け入れる性質がある。
古来オランダは、我が国に様々な文化をもたらした。
それらを我々は貪欲に取り入れ、豊かな発想と独自の解釈によってさらなる
高みへと育て上げた。
日本の原風景ともいえるおチョコ傘。
不便だし、カッコ悪いでしょう。これ使ってみませんか?
とオランダ人から差し出される新製品の傘。
その時我々は、どう対応すべきか。
ああどうも、こりゃ本当に便利ですね、と素直に喜ぶのか。
我々にとって、風は通り過ぎるものなのですよ。
と言っておチョコ傘を掲げてみせるのも、「粋」なのではないかと私は思う。
結論を言うと台風の時に傘はさすべきではない。

オランダからやってきた空気力学を用いた斬新なデザイン傘SENZ Umbrella Original
「時速100キロメートルの風に耐えられる」傘なのだそうだ。
時速100kmの風がどの程度のものなのか。あまりピンとこないが。
ちなみに“風速”100kmと表現するとニュアンスが少々変わってくる。
風速の単位は日本では通常m/s(
メートル毎秒)。
1m/sは時速に直すと3.6km/h。すなわち風速100kmは
27.77777777778m/s(毎秒約27.8メートルで進む風)。
風速28メートルはまぎれもなく「台風」の範疇である。しかもかなり強い。
本当にそんな強風にも耐えられるのだろうか。
耐えられる、というわけではなく構造的にうまく風を受け流すデザイン(広げた
ときに前後が非対称になる)であるようだ。空気力学に基づいた設計で、強風でも
裏返ることがない。エアロダイナミズムである。今や傘にもエアロの時代。
これが普及してしまうと、ニュース映像などではおなじみの「おチョコになった
カサ」が見られなくなる。
これは報道カメラマンにとっては死活問題となる。
台風を表現するための「記号」としての映像が、もうつくれない。
春一番といえばスカート。
夏には噴水で遊ぶ子供。
雪の季節には足をすべらせる歩行者。
どれもが記号として長らく使用されている。
ニュースでおチョコの傘を目にしないことには、視聴者は台風が来たことを
実感できないかもしれない。
台風の時期に限って言えば、傘は雨を避けるための器具ではなく、おチョコに
するためにさすものなのだ。
パフォーマンスの小道具のひとつなのだ。
こんなに強風と大雨の中を私は歩いているのですよ、とアピールするために
おチョコの傘は欠かせない存在であるのだ。
それ以外に、台風の中で傘を開く意味があるだろうか。
オランダにはおチョコ傘を愛でる文化は根付いていないのかもしれない。
傘はおチョコになってはならない、という概念があるのだろう。
風車の国は、風をコントロールする。風は日常であり、生活の一部。
一方、台風銀座と呼ばれる我が国にとって、風は「イベント」なのだ。
ほら交通機関がマヒするぞ。屋根から足を踏み外すぞ。船の様子を見に行くぞ。
そうやってつかの間の非日常をやり過ごすことで「生きていること」を感じる。
日本人は、自然に翻弄されながらも、自然を受け入れる性質がある。
古来オランダは、我が国に様々な文化をもたらした。
それらを我々は貪欲に取り入れ、豊かな発想と独自の解釈によってさらなる
高みへと育て上げた。
日本の原風景ともいえるおチョコ傘。
不便だし、カッコ悪いでしょう。これ使ってみませんか?
とオランダ人から差し出される新製品の傘。
その時我々は、どう対応すべきか。
ああどうも、こりゃ本当に便利ですね、と素直に喜ぶのか。
我々にとって、風は通り過ぎるものなのですよ。
と言っておチョコ傘を掲げてみせるのも、「粋」なのではないかと私は思う。
結論を言うと台風の時に傘はさすべきではない。
オランダからやってきた空気力学を用いた斬新なデザイン傘SENZ Umbrella Original






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