めくるめくレクイエム
「自分だけの葬送曲」で個性的な葬儀を演出する(nikkei BPnetより)
オーストリアのザルツブルクに、オリジナルの葬送曲を作曲し故人(:依頼者)の
葬儀で生演奏するというサービスを提供する企業があるらしい。
さすがに音楽の都(ザルツブルクはモーツァルトの生地)。
レクイエム・フォー・ユー社
かなり柔軟に、顧客の要望に応えてくれるようだ。
担当するのは同社が選んだフリーのアーティスト・音楽家。
曲の長さは希望次第。
ウィーンにおける古典的な葬送曲は30分ほどで、長いものは60分に及ぶものも
あるというが、3分から10分程度の短い曲を提供することも可能であるとか。
歌詞は典礼用の宗教的文章を使用するほか、顧客が好きな文を決めることも
できる。自作するもよし、お気に入りの詩を引用するもよし(権利関係の問題は
発生するかもしれないが)。プロに依頼するもよし。英語・ドイツ語・ラテン語に
対応するが、母国語を望む場合はそれにも対応するという。
曲調もバロック調、クラシック、ジャズ、ブロードウェイミュージカル風など
好みで選べ、それに応じて楽器や歌手も自由に選べるそうだ。
顧客は作曲の過程で参加し、暫定版を常に聴くことができる。
もちろん故人が本番の演奏を聴くことはかなわないわけだが。
完成した曲は、顧客の生前に、家族や友人たちと生演奏で聴くことも可能。
葬儀本番での演奏場所は、葬儀を執り行う教会のほかどこでもいい。
オリジナルの演出だから、演奏者の人数次第で例えばヨットに乗ってでも、
森や山の中ででも可能だ。参列者には多少迷惑だが。
また、希望により葬送曲を収めたCDも作成する。CDジャケット等の意匠も、
要望に応える。遺族が葬儀や一周忌などの際に配布する、などというニーズも
満たせるわけだ。
さて、肝心の料金だが。当然ながら仕様によって異なる。
例えば5分の曲で、楽器奏者1人と歌手1人にした場合は約3000ユーロ
(48万9000円、1ユーロ=163円で計算)。
同じ曲が、中規模のオーケストラ(奏者57人)と合唱にすると約1万ユーロ
(163万円)となる。
いっぽう30分の曲だと、楽器奏者1人と歌手1人で約2万5000ユーロ
(407万5000円)となり、中規模のオーケストラを用いると約5万5000ユーロ
(896万5000円)ということになる。
これに種々のオプションが加わる、となると。
まあ、富裕層・高額所得者層向けのサービスには違いない。
レクイエム・フォー・ユー社が市場に参入したのが2007年11月ということも
あって、実績はまだ少ない。確定契約数は1件、見込みの契約数は4件。
現在のところ、すべてドイツ語圏の国々からの注文であるそうだ。
葬儀の場で、オリジナル葬送曲の生演奏。何とも贅沢な趣向だ。
教会などのホールに響く弦楽の音色は、きっと特別な味わいがあるだろう。
わざわざ足を運んでくれた参列者に対しての「ねぎらい」の意味も含めて
生前に用意しておく最後のおもてなし、というのもなかなか粋である。
ただ、中にはこの時とばかりに自己顕示欲満載の趣向を盛り込む純成金の依頼者も
おられるかもしれない。
自称音楽通の大富豪。自分でせっせと譜面を書く。5時間に及ぶ壮大なオペラ。
これをやれ。完璧にやれ。金に糸目はつけん。
自らの生い立ちから巨万の財を成すまでの一大叙事詩。
音楽ホールを借り切って連日リハーサルに明け暮れる。
音楽理論を無視しためちゃくちゃなフレーズと懸命に格闘する音楽家たち。
総合プロデューサーである依頼者の怒号が飛ぶ。貴様等やる気があるのか。
俺の曲だぞ。晴れ舞台だぞ。心を込めてやらんか。
思いつきで変更される展開。作業は遅々として進まない。
そうこうしているうちに依頼者あっけなく死去。
仕方なくとっ散らかったまま本番上演。観客失笑。
あの人らしいわね、と呟く夫人。
予算は大幅に超えて、結局借金を抱えることになる遺族。
嫌がらせとしか思えない。
私がこの世を去った時。
私のつくった曲を流そうと提案する友人が現われるかもしれない。
やめてほしい。
遺言がわりにここに書き残しておく。
もしそんなことをしたら、枕元に立つ。
ただ、日本の葬儀はあまりにもシステマチックで、面白みがないような気がする。
事前に何かを用意しておくのは「縁起が悪い」と考える風潮が強いのかもしれない
が、もし余裕があるのなら、遺される者へのなにがしかの「こころづかい」は
準備しておいてもいいのではないかと思う。
不在であることの、演出。
最後の自己表現。
その時彼らがどういう表情を浮かべるかは、想像するしかない。
それを楽しみに生きていくのも、いいかもしれない。
偲ぶ Amazing Grace
J.S.バッハ ラフマニノフ ヘンデル


オーストリアのザルツブルクに、オリジナルの葬送曲を作曲し故人(:依頼者)の
葬儀で生演奏するというサービスを提供する企業があるらしい。
さすがに音楽の都(ザルツブルクはモーツァルトの生地)。
レクイエム・フォー・ユー社
かなり柔軟に、顧客の要望に応えてくれるようだ。
担当するのは同社が選んだフリーのアーティスト・音楽家。
曲の長さは希望次第。
ウィーンにおける古典的な葬送曲は30分ほどで、長いものは60分に及ぶものも
あるというが、3分から10分程度の短い曲を提供することも可能であるとか。
歌詞は典礼用の宗教的文章を使用するほか、顧客が好きな文を決めることも
できる。自作するもよし、お気に入りの詩を引用するもよし(権利関係の問題は
発生するかもしれないが)。プロに依頼するもよし。英語・ドイツ語・ラテン語に
対応するが、母国語を望む場合はそれにも対応するという。
曲調もバロック調、クラシック、ジャズ、ブロードウェイミュージカル風など
好みで選べ、それに応じて楽器や歌手も自由に選べるそうだ。
顧客は作曲の過程で参加し、暫定版を常に聴くことができる。
もちろん故人が本番の演奏を聴くことはかなわないわけだが。
完成した曲は、顧客の生前に、家族や友人たちと生演奏で聴くことも可能。
葬儀本番での演奏場所は、葬儀を執り行う教会のほかどこでもいい。
オリジナルの演出だから、演奏者の人数次第で例えばヨットに乗ってでも、
森や山の中ででも可能だ。参列者には多少迷惑だが。
また、希望により葬送曲を収めたCDも作成する。CDジャケット等の意匠も、
要望に応える。遺族が葬儀や一周忌などの際に配布する、などというニーズも
満たせるわけだ。
さて、肝心の料金だが。当然ながら仕様によって異なる。
例えば5分の曲で、楽器奏者1人と歌手1人にした場合は約3000ユーロ
(48万9000円、1ユーロ=163円で計算)。
同じ曲が、中規模のオーケストラ(奏者57人)と合唱にすると約1万ユーロ
(163万円)となる。
いっぽう30分の曲だと、楽器奏者1人と歌手1人で約2万5000ユーロ
(407万5000円)となり、中規模のオーケストラを用いると約5万5000ユーロ
(896万5000円)ということになる。
これに種々のオプションが加わる、となると。
まあ、富裕層・高額所得者層向けのサービスには違いない。
レクイエム・フォー・ユー社が市場に参入したのが2007年11月ということも
あって、実績はまだ少ない。確定契約数は1件、見込みの契約数は4件。
現在のところ、すべてドイツ語圏の国々からの注文であるそうだ。
葬儀の場で、オリジナル葬送曲の生演奏。何とも贅沢な趣向だ。
教会などのホールに響く弦楽の音色は、きっと特別な味わいがあるだろう。
わざわざ足を運んでくれた参列者に対しての「ねぎらい」の意味も含めて
生前に用意しておく最後のおもてなし、というのもなかなか粋である。
ただ、中にはこの時とばかりに自己顕示欲満載の趣向を盛り込む純成金の依頼者も
おられるかもしれない。
自称音楽通の大富豪。自分でせっせと譜面を書く。5時間に及ぶ壮大なオペラ。
これをやれ。完璧にやれ。金に糸目はつけん。
自らの生い立ちから巨万の財を成すまでの一大叙事詩。
音楽ホールを借り切って連日リハーサルに明け暮れる。
音楽理論を無視しためちゃくちゃなフレーズと懸命に格闘する音楽家たち。
総合プロデューサーである依頼者の怒号が飛ぶ。貴様等やる気があるのか。
俺の曲だぞ。晴れ舞台だぞ。心を込めてやらんか。
思いつきで変更される展開。作業は遅々として進まない。
そうこうしているうちに依頼者あっけなく死去。
仕方なくとっ散らかったまま本番上演。観客失笑。
あの人らしいわね、と呟く夫人。
予算は大幅に超えて、結局借金を抱えることになる遺族。
嫌がらせとしか思えない。
私がこの世を去った時。
私のつくった曲を流そうと提案する友人が現われるかもしれない。
やめてほしい。
遺言がわりにここに書き残しておく。
もしそんなことをしたら、枕元に立つ。
ただ、日本の葬儀はあまりにもシステマチックで、面白みがないような気がする。
事前に何かを用意しておくのは「縁起が悪い」と考える風潮が強いのかもしれない
が、もし余裕があるのなら、遺される者へのなにがしかの「こころづかい」は
準備しておいてもいいのではないかと思う。
不在であることの、演出。
最後の自己表現。
その時彼らがどういう表情を浮かべるかは、想像するしかない。
それを楽しみに生きていくのも、いいかもしれない。
偲ぶ Amazing Grace
J.S.バッハ ラフマニノフ ヘンデル






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