未来の由来はラララライ
どうしてなのかわからないままに、習慣として使い続けている記号がある。
オス・メスマーク「♂」「♀」の由来(Sukima Windows Plusより)
このマークは西洋占星術がもとになっており、「♂」は火星、
「♀」は金星を示す。
火星の神様はギリシア神話にも出てくる神マルス、金星の神様は
美の女神ヴィーナスだ。
この二人が、男性と女性のシンボルとして採用され、マルスは戦闘を司る
軍神で、手には槍と楯を持っており、「♂」はこの槍と楯を合体させ
記号化したもので、ヴィーナスは美の神様なので、いつも手には鏡を持って
おり、これが「♀」と記号化されたのである。
なるほど。占星術の記号とは知らなかった。
何か男女を象徴するものを図案化したものだろうな、とぼんやり思っていたが
具体的に何からきたのかについてはこれまで考えたことがなかった。
指摘されなければ、今後もそれについて考えることはなかったかもしれない。
形からして、性的な意味合いが込められているのではないか、とか。
それにしては男性「♂」があまりにもあからさまではないか、と。
しかもベクトルが斜め上とはどういうことだ。男子中高生か。
私はもっと上を向くぞ調子の良い時には、ってそれはどうでもよい。
となると女性「♀」はどうなるのか。
それそのものの形状を表しているとすれば、丸と縦棒はまあわかるとして
横棒はどういうことだ横棒は。
私はそんなもの見たことないぞ。ひょっとしたら本当はそうなっているのか。
ふーむ女体の神秘。人生は驚きの連続である。私もまだまだ探究が足りない。
ところで私はかなり以前に『悶絶♂モンゴロイド』というタイトルのblogを
運営していたことがある。
なぜあの記号を使ったのか、というと今となってはもはや定かではないが、
たぶん藤村彩家という名前がともすれば女性に間違われるおそれもあったので
男性であることをタイトルの時点で強調しておきたかったのだと思う。
そういうことにしといてほしい。
もうひとつ由来もの。
ナンバーの微妙なお話し(コンセントの穴より)
「No.」と書いて「ナンバー」を表すのはなぜか。
ちなみにナンバーの英語の綴りはNumberで、Nはあるがoはない。
「No」は番号という意味のラテン語[numero]を略して頭と最後をとって
「No.」だ。英語圏ではこの記号を[numero sign]と呼んでいる。
ほお。ラテン語。
では英語のNumberとは直接には関係がない、ということか。
確かにあの「o」の存在を不思議に思うこともあったが、使い続けるうちに
当たり前のものとして自分の中でなんとなく受け入れてしまっていた。
つまり本当に「記号」と化していたわけだ。
まあ確かに記号には違いないわけだが。
それをほとんど無条件に受け入れ、何の疑問も持たずに今日まで使ってきた
自分に驚かされる。
気づかぬうちに、大人になってしまっているものなのだなあ、と思う。
私は「習慣」と呼ばれるものすべてを再検証したいとつねに願う。
それがどうしてそうなったのか。
なぜそうするのか。それを知りたい。
そして本当に必要なものとは何かを考えていきたい、と。
私が文章を書く動機の多くが、そこにある。
しかしここにきて、まだまだ「自動的」に使っている言葉がたくさんあることに
気づき、大いにショックを受ける。
へえーそうだったんだ、では済まされない。私の場合は。
今まで何をやっていたんだ、とさえ言いたくなる。自分自身に。
自動的に生きる、ということに対して敏感に反応する。
そういう自分でありたい。
起源という言葉は英語で「origin」。
original、という単語の原形である。
つねにオリジナルであることを求め続けているのかもしれない。
オス・メスマーク「♂」「♀」の由来(Sukima Windows Plusより)
このマークは西洋占星術がもとになっており、「♂」は火星、
「♀」は金星を示す。
火星の神様はギリシア神話にも出てくる神マルス、金星の神様は
美の女神ヴィーナスだ。
この二人が、男性と女性のシンボルとして採用され、マルスは戦闘を司る
軍神で、手には槍と楯を持っており、「♂」はこの槍と楯を合体させ
記号化したもので、ヴィーナスは美の神様なので、いつも手には鏡を持って
おり、これが「♀」と記号化されたのである。
なるほど。占星術の記号とは知らなかった。
何か男女を象徴するものを図案化したものだろうな、とぼんやり思っていたが
具体的に何からきたのかについてはこれまで考えたことがなかった。
指摘されなければ、今後もそれについて考えることはなかったかもしれない。
形からして、性的な意味合いが込められているのではないか、とか。
それにしては男性「♂」があまりにもあからさまではないか、と。
しかもベクトルが斜め上とはどういうことだ。男子中高生か。
私はもっと上を向くぞ調子の良い時には、ってそれはどうでもよい。
となると女性「♀」はどうなるのか。
それそのものの形状を表しているとすれば、丸と縦棒はまあわかるとして
横棒はどういうことだ横棒は。
私はそんなもの見たことないぞ。ひょっとしたら本当はそうなっているのか。
ふーむ女体の神秘。人生は驚きの連続である。私もまだまだ探究が足りない。
ところで私はかなり以前に『悶絶♂モンゴロイド』というタイトルのblogを
運営していたことがある。
なぜあの記号を使ったのか、というと今となってはもはや定かではないが、
たぶん藤村彩家という名前がともすれば女性に間違われるおそれもあったので
男性であることをタイトルの時点で強調しておきたかったのだと思う。
そういうことにしといてほしい。
もうひとつ由来もの。
ナンバーの微妙なお話し(コンセントの穴より)
「No.」と書いて「ナンバー」を表すのはなぜか。
ちなみにナンバーの英語の綴りはNumberで、Nはあるがoはない。
「No」は番号という意味のラテン語[numero]を略して頭と最後をとって
「No.」だ。英語圏ではこの記号を[numero sign]と呼んでいる。
ほお。ラテン語。
では英語のNumberとは直接には関係がない、ということか。
確かにあの「o」の存在を不思議に思うこともあったが、使い続けるうちに
当たり前のものとして自分の中でなんとなく受け入れてしまっていた。
つまり本当に「記号」と化していたわけだ。
まあ確かに記号には違いないわけだが。
それをほとんど無条件に受け入れ、何の疑問も持たずに今日まで使ってきた
自分に驚かされる。
気づかぬうちに、大人になってしまっているものなのだなあ、と思う。
私は「習慣」と呼ばれるものすべてを再検証したいとつねに願う。
それがどうしてそうなったのか。
なぜそうするのか。それを知りたい。
そして本当に必要なものとは何かを考えていきたい、と。
私が文章を書く動機の多くが、そこにある。
しかしここにきて、まだまだ「自動的」に使っている言葉がたくさんあることに
気づき、大いにショックを受ける。
へえーそうだったんだ、では済まされない。私の場合は。
今まで何をやっていたんだ、とさえ言いたくなる。自分自身に。
自動的に生きる、ということに対して敏感に反応する。
そういう自分でありたい。
起源という言葉は英語で「origin」。
original、という単語の原形である。
つねにオリジナルであることを求め続けているのかもしれない。







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