二兎追うものはニートを得る
MacBook Air、薄すぎて空港で足止め
(Engadget Japaneseより)
なんともウソくさい話だが。
MacBook Airの「ノートPCにおける異端性」を表現した面白い
エピソードだと思う。真偽の程はさておいて。
ここまではいかずともきっと似たような出来事が実際にあって、
それに多少の脚色が加えられたのではないかと想像する。
本当にノートPCなのかどうかを示すには、実際に目の前で
電源を入れてもらえばよいだけのことで。正常に起動すればよし。
起動しなければ問題ありとしてあらためて取り調べればよいと思うのだが。
そのあたりのやり取りが描かれていなければ、この話は信用するに値しない。
さて、ノートPCの定義とは、何だろう。
キーボードがあって、蓋を兼ねる折り畳み式の液晶モニタがあって。
トラックパッドかそれに類するものとクリックスイッチがあって。
それだけならば、MacBook Airも他の機器も何ら変わらない。
パソコンなんて触ったこともない人にとっては、同じに見えるはず。
同じに見えるはずなのだが、おそらくはパソコンの門外漢が見ても
あの驚異的な「薄さ」には目を奪われると思う。
何これ。この中に他のノートパソコンと同じような部品が入ってるわけ?と。
厳密に言えば、MacBook Airの中には他のノートパソコンと同じような
部品が入っているわけではない。
HDDは入ってない(搭載モデルもある)し、CDやDVD等のドライブ類も
一切ない。ブロードバンドの分野ではおなじみの有線LANポートもない。
従来から「PCには必須」とされてきた要素を大胆に切り捨てた結果
実現したのがあの薄さ、である。
本当に動くのか、と心配してしまうのも無理はない。
Appleは新しい使い方をユーザに提案しているのだ。
モバイルコンピューティングの可能性を。
それに賛同できないユーザは、MacBook Airに何の魅力も感じないだろう。
ケーブルにつながれたノートPCは、もはやノートではない。
マシンを解き放て。外へ駆け出せ。
旅に出るには、最低限の荷物でいい。
邪魔になるだけ、電源を消費するだけの機能なら要らない。
iPodがそうであったように、MacBook Airもユーザを「挑発」する。
行動を起こせ、と訴えかけているのだ。
そんな家電メーカーが他にあるだろうか。
人の“ライフスタイル”にまで影響を与えようとするメーカーが。
とはいえ私自身は、MacBook Airが欲しいとは思わない。
確かに様々な場所でマシンを使用する必要性に迫られることが多いが。
私がもっとも重要視するのは、マシンそのもののパワーだ。
Airはその点でまだまだ役不足である。
私のやりたいことを実現するには、あの機種ではカジュアル過ぎる。
その気になれば私はデスクトップ機でも持ち歩く。
それだけの気概でMacと向き合いたいと、つねに願っている。
何も犠牲にしたくない。
二兎を追って二兎とも得たいのだ。
Appleなら、Macならそんな身勝手な要求にも応えてくれると信じている。
なぜなら彼らは、今まで応えてくれたから。
追記:
薄すぎて雑誌の山に紛れて捨てられた?『MacBook Air』
(WIRED VISIONより)
(Engadget Japaneseより)
なんともウソくさい話だが。
MacBook Airの「ノートPCにおける異端性」を表現した面白い
エピソードだと思う。真偽の程はさておいて。
ここまではいかずともきっと似たような出来事が実際にあって、
それに多少の脚色が加えられたのではないかと想像する。
本当にノートPCなのかどうかを示すには、実際に目の前で
電源を入れてもらえばよいだけのことで。正常に起動すればよし。
起動しなければ問題ありとしてあらためて取り調べればよいと思うのだが。
そのあたりのやり取りが描かれていなければ、この話は信用するに値しない。
さて、ノートPCの定義とは、何だろう。
キーボードがあって、蓋を兼ねる折り畳み式の液晶モニタがあって。
トラックパッドかそれに類するものとクリックスイッチがあって。
それだけならば、MacBook Airも他の機器も何ら変わらない。
パソコンなんて触ったこともない人にとっては、同じに見えるはず。
同じに見えるはずなのだが、おそらくはパソコンの門外漢が見ても
あの驚異的な「薄さ」には目を奪われると思う。
何これ。この中に他のノートパソコンと同じような部品が入ってるわけ?と。
厳密に言えば、MacBook Airの中には他のノートパソコンと同じような
部品が入っているわけではない。
HDDは入ってない(搭載モデルもある)し、CDやDVD等のドライブ類も
一切ない。ブロードバンドの分野ではおなじみの有線LANポートもない。
従来から「PCには必須」とされてきた要素を大胆に切り捨てた結果
実現したのがあの薄さ、である。
本当に動くのか、と心配してしまうのも無理はない。
Appleは新しい使い方をユーザに提案しているのだ。
モバイルコンピューティングの可能性を。
それに賛同できないユーザは、MacBook Airに何の魅力も感じないだろう。
ケーブルにつながれたノートPCは、もはやノートではない。
マシンを解き放て。外へ駆け出せ。
旅に出るには、最低限の荷物でいい。
邪魔になるだけ、電源を消費するだけの機能なら要らない。
iPodがそうであったように、MacBook Airもユーザを「挑発」する。
行動を起こせ、と訴えかけているのだ。
そんな家電メーカーが他にあるだろうか。
人の“ライフスタイル”にまで影響を与えようとするメーカーが。
とはいえ私自身は、MacBook Airが欲しいとは思わない。
確かに様々な場所でマシンを使用する必要性に迫られることが多いが。
私がもっとも重要視するのは、マシンそのもののパワーだ。
Airはその点でまだまだ役不足である。
私のやりたいことを実現するには、あの機種ではカジュアル過ぎる。
その気になれば私はデスクトップ機でも持ち歩く。
それだけの気概でMacと向き合いたいと、つねに願っている。
何も犠牲にしたくない。
二兎を追って二兎とも得たいのだ。
Appleなら、Macならそんな身勝手な要求にも応えてくれると信じている。
なぜなら彼らは、今まで応えてくれたから。
追記:
薄すぎて雑誌の山に紛れて捨てられた?『MacBook Air』
(WIRED VISIONより)







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