ポケットの中には電子音がひとつ
KORG DS-10は、往年の銘機KORG MS-10をニンテンドーDS上において再現したヴァーチャル・シンセサイザーソフト。amazon限定販売。4,800円。
DS複数台での同期等、その機能は「再現」の範疇を大きく超える。
非常に興味を引かれるが、楽器としてはおそらく使えないと思う。
操作性や音質等の面で不満は残るだろう。それでも、よく出来ている。
「おもちゃ」として捉えればそれなりに楽しめるのではないだろうか。
音を操る、という行為に子供達が親しむことができれば理想的だ。
しかし購入層はほぼ間違いなく、オヤジ世代だろう。
MS-10というワードに反応してしまう、私のような。
MS-10は、高校の時に友達が所有していた。
何やらわけのわからないノブやピンジャックが並ぶ操作パネルには、未知の
テクノロジーの息吹を感じた。うわあ、YMOだ。と単純に感動する。
友達は「波の音」などを再現してみせた。
シンセでいちばんつくりやすい音色。それでも初めて生で耳にする「機械が
発する音」はとりわけ新鮮に響いた。
モノフォニック(単音)であることは特に問題ではなかった。
機械が楽器と成り得る、ということに驚嘆した。
その当時の私はギターミュージックが音楽の概念の根本にあった。それが
いとも簡単に揺らいだ瞬間だった。革命的、ともいえる。
ただし、実際に私がシンセ類に親しむようになるのはさらに数年後、社会人に
なって経済的に余裕ができた頃のこと。
いくらお手頃価格とはいえ、そうそう気軽に手が出せるものではない。
その頃(80年代後半)にはようやくデジタルシンセが一般に普及し始めており、
いわゆる打ち込み(:楽曲プログラミング)にもすんなり移行することができた。
根っから文系の自分にそんなことができるとは思いもよらなかった。
そのきっかけをつくってくれたのも、最初にシンセを見せてくれた友達。
当時彼は楽器店に勤めており、何かと相談に乗ってくれた。
そこの店で彼にすすめられて購入したのが、KORGのM1というシンセ
(厳密にはM1Rという鍵盤なしの音源モジュールを購入)。
それ以来私にとってKORGといえば、M1である。
これは現代でも通用する、正真正銘の名機。経年劣化により故障していなければ
今でも使い続けていたことだろう。様々な面で大変重宝した。
彼に出会うことがなければシンセの魅力に接することもなかった(少なくとも
大幅に遅れた)だろうし、打ち込みに手を出すこともなかったかもしれない。
自分で曲をつくることもなかったろうし、Macを音楽に使うこともなかった
と思う。彼からの影響はとてつもなく大きい。感謝している。
ずいぶんと疎遠になってしまっているが、元気でいるだろうか。
彼がDS-10でピコピコと遊んでいる姿はさすがに想像しにくいが。
DS複数台での同期等、その機能は「再現」の範疇を大きく超える。
非常に興味を引かれるが、楽器としてはおそらく使えないと思う。
操作性や音質等の面で不満は残るだろう。それでも、よく出来ている。
「おもちゃ」として捉えればそれなりに楽しめるのではないだろうか。
音を操る、という行為に子供達が親しむことができれば理想的だ。
しかし購入層はほぼ間違いなく、オヤジ世代だろう。
MS-10というワードに反応してしまう、私のような。
MS-10は、高校の時に友達が所有していた。
何やらわけのわからないノブやピンジャックが並ぶ操作パネルには、未知の
テクノロジーの息吹を感じた。うわあ、YMOだ。と単純に感動する。
友達は「波の音」などを再現してみせた。
シンセでいちばんつくりやすい音色。それでも初めて生で耳にする「機械が
発する音」はとりわけ新鮮に響いた。
モノフォニック(単音)であることは特に問題ではなかった。
機械が楽器と成り得る、ということに驚嘆した。
その当時の私はギターミュージックが音楽の概念の根本にあった。それが
いとも簡単に揺らいだ瞬間だった。革命的、ともいえる。
ただし、実際に私がシンセ類に親しむようになるのはさらに数年後、社会人に
なって経済的に余裕ができた頃のこと。
いくらお手頃価格とはいえ、そうそう気軽に手が出せるものではない。
その頃(80年代後半)にはようやくデジタルシンセが一般に普及し始めており、
いわゆる打ち込み(:楽曲プログラミング)にもすんなり移行することができた。
根っから文系の自分にそんなことができるとは思いもよらなかった。
そのきっかけをつくってくれたのも、最初にシンセを見せてくれた友達。
当時彼は楽器店に勤めており、何かと相談に乗ってくれた。
そこの店で彼にすすめられて購入したのが、KORGのM1というシンセ
(厳密にはM1Rという鍵盤なしの音源モジュールを購入)。
それ以来私にとってKORGといえば、M1である。
これは現代でも通用する、正真正銘の名機。経年劣化により故障していなければ
今でも使い続けていたことだろう。様々な面で大変重宝した。
彼に出会うことがなければシンセの魅力に接することもなかった(少なくとも
大幅に遅れた)だろうし、打ち込みに手を出すこともなかったかもしれない。
自分で曲をつくることもなかったろうし、Macを音楽に使うこともなかった
と思う。彼からの影響はとてつもなく大きい。感謝している。
ずいぶんと疎遠になってしまっているが、元気でいるだろうか。
彼がDS-10でピコピコと遊んでいる姿はさすがに想像しにくいが。






コメントを書く