ふんどしに憤怒する
日本人女性の間でフンドシがしめやかに流行?(ザイーガより)
いや、怒らない。
むしろ嬉しい。
もっとやってほしい。
女性用ふんどしが、ひそかなブームを呼んでいるらしい。
女優の高樹沙耶があるテレビ番組で「ふんどしを愛用している」と発言したことが
ひとつのきっかけになったそうな(女性の下着に異変!? 高樹沙椰も愛用する“ふんどし”が今ブーム:Livedoor ニュース)。
ある意味、ファンションリーダーである。
ふんどし女王である。
今度是非ふんどし姿で素潜り世界記録に挑戦してほしい。
彼女のブログ『高樹沙耶のlani だより』内の記述によると、
“日本人の誇りと魂を取り戻すため”に使用しているとのこと。
本気である。
文字通り、ふんどしを締め直して人生を闊歩しているわけだ。
そういった高い志に基づいてふんどしが流行っているわけではなく、やはり美容と
健康のために採り入れる流れの方が全体としては大きいようだ。
女性の下着は、締め付けるタイプがほとんどであろう。
あの開放感はおそらく、一度味わえば後戻りできなくなるのではないか。
その他、生理痛を緩和する効果もあるというが。
ふんどしをつけた状態で生理用品を使うのは少々難しいのではないかと想像する。
それともふんどし自体が生理用品的なはたらきも兼ねるのか。
多い日も安心、使い捨て越中で貴女をゲッチュー。
調べてみると、現在では「パンドルショーツ」という名称も使われているらしい。
パンドル(Pendre)とはフランス語で“垂れる”という意味だとか。
なぜフランス語なのかはわからない。

ところで上はどうするのだろう。
ふんどしの上が通常のブラではいかにもアンバランスに思えるが。
何か和風を感じさせる代替アイテムがあるのだろうか。
まさかさらしを巻くわけではないだろうし。
そのあたりもいろいろと考えどころではあるかもしれない。
街角でふとしたことから知り合った女性と思いがけず意気投合し、ならばと
連れ立って個室に入り、服をいざ脱がせてみると、ふんどし。
さすがに多少は戸惑うかもしれない。
しかし今後この流れが市民権を得て一般に定着すれば、むしろ好感を覚える
ようになるのではないだろうか。
おお自然派だねオーガニックだね。
オーガニックとオーガズムは似ているねなどとピロートークも弾むかも。
ふんどしの語源は「踏通(ふみとおし)」が転じたという説が有力なのだそうだ
が、決定的なものはなく、いまだ不明であるらしい(言語由来辞典)。
踏んで、通す。
やはりその独特の装着法からきているのだろう。
私も遠い昔に、ふんどしを試してみたことがある。
小学生の頃だったと思うが、雑誌か何かにふんどしの自作法や装着法についての
記述があり、興味本位でそれを実践してみたわけだ。
そのへんにあったビニール紐と、使い古しの温泉タオルを組み合わせて簡単な
越中スタイルのオリジナルクラシックパンツの完成。
実際につけてみると、やはりその「緩さ」が不安に感じる。
何もつけていないかのような錯覚に陥る。
しかしやがてはその違和感も消え、何も意識せずに通常の生活を送ることができる
ようになる。
一日つけていて充分気が済んだので、あっさり捨ててしまった。
それ以来ふんどしには縁がない(お祭りの“締め込み”は着用したことがある)。
男性用のふんどしも近年その機能性が見直されているようだ(夕刊フジBLOG)。
良い傾向だと思う。
下着は何よりもまず「快適であること」が大前提であろう。
他人に見せるための下着文化も確かにあるかもしれないが、それよりも自分自身の
満足度を優先させることは、日常においては肝要である。
なおかつ気候と風土に合い、清潔であるということ。
はたから見ると汚らしい印象を抱くかもしれないが、実際は西洋式の下着よりも
衛生を保てる構造になっている。
日常でも抵抗なく着用できる唯一の和服、と呼べるかもしれない。
日本人の魂がどうこうという以前に、私は単に「粋」だと思う。
機会があればまた着用してみたい。
まあ、つけるよりも脱ぐ機会の方がはるかに大切であるわけだが。
いや、怒らない。
むしろ嬉しい。
もっとやってほしい。
女性用ふんどしが、ひそかなブームを呼んでいるらしい。
女優の高樹沙耶があるテレビ番組で「ふんどしを愛用している」と発言したことが
ひとつのきっかけになったそうな(女性の下着に異変!? 高樹沙椰も愛用する“ふんどし”が今ブーム:Livedoor ニュース)。
ある意味、ファンションリーダーである。
ふんどし女王である。
今度是非ふんどし姿で素潜り世界記録に挑戦してほしい。
彼女のブログ『高樹沙耶のlani だより』内の記述によると、
“日本人の誇りと魂を取り戻すため”に使用しているとのこと。
本気である。
文字通り、ふんどしを締め直して人生を闊歩しているわけだ。
そういった高い志に基づいてふんどしが流行っているわけではなく、やはり美容と
健康のために採り入れる流れの方が全体としては大きいようだ。
女性の下着は、締め付けるタイプがほとんどであろう。
あの開放感はおそらく、一度味わえば後戻りできなくなるのではないか。
その他、生理痛を緩和する効果もあるというが。
ふんどしをつけた状態で生理用品を使うのは少々難しいのではないかと想像する。
それともふんどし自体が生理用品的なはたらきも兼ねるのか。
多い日も安心、使い捨て越中で貴女をゲッチュー。
調べてみると、現在では「パンドルショーツ」という名称も使われているらしい。
パンドル(Pendre)とはフランス語で“垂れる”という意味だとか。
なぜフランス語なのかはわからない。

ところで上はどうするのだろう。
ふんどしの上が通常のブラではいかにもアンバランスに思えるが。
何か和風を感じさせる代替アイテムがあるのだろうか。
まさかさらしを巻くわけではないだろうし。
そのあたりもいろいろと考えどころではあるかもしれない。
街角でふとしたことから知り合った女性と思いがけず意気投合し、ならばと
連れ立って個室に入り、服をいざ脱がせてみると、ふんどし。
さすがに多少は戸惑うかもしれない。
しかし今後この流れが市民権を得て一般に定着すれば、むしろ好感を覚える
ようになるのではないだろうか。
おお自然派だねオーガニックだね。
オーガニックとオーガズムは似ているねなどとピロートークも弾むかも。
ふんどしの語源は「踏通(ふみとおし)」が転じたという説が有力なのだそうだ
が、決定的なものはなく、いまだ不明であるらしい(言語由来辞典)。
踏んで、通す。
やはりその独特の装着法からきているのだろう。
私も遠い昔に、ふんどしを試してみたことがある。
小学生の頃だったと思うが、雑誌か何かにふんどしの自作法や装着法についての
記述があり、興味本位でそれを実践してみたわけだ。
そのへんにあったビニール紐と、使い古しの温泉タオルを組み合わせて簡単な
越中スタイルのオリジナルクラシックパンツの完成。
実際につけてみると、やはりその「緩さ」が不安に感じる。
何もつけていないかのような錯覚に陥る。
しかしやがてはその違和感も消え、何も意識せずに通常の生活を送ることができる
ようになる。
一日つけていて充分気が済んだので、あっさり捨ててしまった。
それ以来ふんどしには縁がない(お祭りの“締め込み”は着用したことがある)。
男性用のふんどしも近年その機能性が見直されているようだ(夕刊フジBLOG)。
良い傾向だと思う。
下着は何よりもまず「快適であること」が大前提であろう。
他人に見せるための下着文化も確かにあるかもしれないが、それよりも自分自身の
満足度を優先させることは、日常においては肝要である。
なおかつ気候と風土に合い、清潔であるということ。
はたから見ると汚らしい印象を抱くかもしれないが、実際は西洋式の下着よりも
衛生を保てる構造になっている。
日常でも抵抗なく着用できる唯一の和服、と呼べるかもしれない。
日本人の魂がどうこうという以前に、私は単に「粋」だと思う。
機会があればまた着用してみたい。
まあ、つけるよりも脱ぐ機会の方がはるかに大切であるわけだが。










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