反骨期の万国旗
海外アニメファンの疑問「なぜパーティに万国旗を使う?」(お茶妖精より)
万国旗。考えてみれば奇妙なものだ。
華やかさ・賑々しさを演出するために「なんとなく」今日まで採用されている。
その起源はどこにあるのか、など考えたこともなかった。
どうやら日本独自の習慣であるらしい。
Wikipediaでは「日本が国際博覧会に参加するようになった明治中ごろには、
博覧会会場で様々な国旗が掲揚されているのを模倣したことで定着したと
考えられる」とある。
明治である。文明開化の音がする時代からの流れが、いまだに息づいている。
“無意識”のレベルで。ここが興味深い。
万国旗がよく登場するのは、小学校の運動会。
運動会という行事も、明治の頃から定着したものであるようだ。
国際的な意識を身につけさせようという教育的な観点と、当時の社会の息吹
(海外列強に追いつけ追い越せ的意気込み)が合致した結果が、各国の旗を
つなげて飾るという形式に現われたのかもしれない。
少年期の記憶の「擦り込み」が、現代にも脈々と受け継がれている。
お祭りには、万国旗。
たとえ国際色が全くない、個人の誕生日パーティーでも、万国旗。
海外の人々からすれば、確かに理解に苦しむ風習であろう。
特に意味はない。
単なる飾りの図案のひとつである。
だが「意味はない」とされる状況に、意味がある。
日本国民の意識レベルの隅々にまで定着しているということに。
明治以降、人々は急激に海外を意識せざるを得ない状況に直面した。
しかし日常レベルでは、それらの情報は乏しい。
どこまでいっても、イマジネーションの世界。
我々の海外への意識は、その頃から、何一つ変わっていないのではないか。
当時に比べれば現代における情報量は、飛躍的に増えている。
しかし実感としては、今もなお海外は遠い「異国の地」。
イマジネーションに頼らざるを得ない。
我が国における万国旗の扱いは、そんな国民の深層心理を示しているのでは
ないか、と私は考える。
日本人は、国家という概念を捉えるのが不得意な民族なのではないか、と。
だからこそ、国によっては重大な意味を持つ国旗を何の思慮もなく無造作に
並べてつなぎあわせ、単なる舞台装置として使用することができる。
そこに国としてのデリカシーは存在しない。
今、運動会のシーズン。
秋ではなくこの季節に催されることも増えてきた。
きっと日本の各地で万国旗が翻っていることだろう。
ちっとも国際的でない、日本独自の行事(過去に日本統治を経験した
韓国、北朝鮮、台湾や中国東北部の学校には今も名残として運動会が
存在しているらしい)において。
百年来のコンプレックスの下で、子供達は駆ける。

40カ国の万国旗が飛び出す、お掃除いらずのクラッカー万国旗クラッカー(1袋30個入)
万国旗。考えてみれば奇妙なものだ。
華やかさ・賑々しさを演出するために「なんとなく」今日まで採用されている。
その起源はどこにあるのか、など考えたこともなかった。
どうやら日本独自の習慣であるらしい。
Wikipediaでは「日本が国際博覧会に参加するようになった明治中ごろには、
博覧会会場で様々な国旗が掲揚されているのを模倣したことで定着したと
考えられる」とある。
明治である。文明開化の音がする時代からの流れが、いまだに息づいている。
“無意識”のレベルで。ここが興味深い。
万国旗がよく登場するのは、小学校の運動会。
運動会という行事も、明治の頃から定着したものであるようだ。
国際的な意識を身につけさせようという教育的な観点と、当時の社会の息吹
(海外列強に追いつけ追い越せ的意気込み)が合致した結果が、各国の旗を
つなげて飾るという形式に現われたのかもしれない。
少年期の記憶の「擦り込み」が、現代にも脈々と受け継がれている。
お祭りには、万国旗。
たとえ国際色が全くない、個人の誕生日パーティーでも、万国旗。
海外の人々からすれば、確かに理解に苦しむ風習であろう。
特に意味はない。
単なる飾りの図案のひとつである。
だが「意味はない」とされる状況に、意味がある。
日本国民の意識レベルの隅々にまで定着しているということに。
明治以降、人々は急激に海外を意識せざるを得ない状況に直面した。
しかし日常レベルでは、それらの情報は乏しい。
どこまでいっても、イマジネーションの世界。
我々の海外への意識は、その頃から、何一つ変わっていないのではないか。
当時に比べれば現代における情報量は、飛躍的に増えている。
しかし実感としては、今もなお海外は遠い「異国の地」。
イマジネーションに頼らざるを得ない。
我が国における万国旗の扱いは、そんな国民の深層心理を示しているのでは
ないか、と私は考える。
日本人は、国家という概念を捉えるのが不得意な民族なのではないか、と。
だからこそ、国によっては重大な意味を持つ国旗を何の思慮もなく無造作に
並べてつなぎあわせ、単なる舞台装置として使用することができる。
そこに国としてのデリカシーは存在しない。
今、運動会のシーズン。
秋ではなくこの季節に催されることも増えてきた。
きっと日本の各地で万国旗が翻っていることだろう。
ちっとも国際的でない、日本独自の行事(過去に日本統治を経験した
韓国、北朝鮮、台湾や中国東北部の学校には今も名残として運動会が
存在しているらしい)において。
百年来のコンプレックスの下で、子供達は駆ける。
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