平壌ブルーズ

エリック・クラプトン

北朝鮮、E・クラプトンさんを招請 英紙報道
asahi.comより)

エリック・クラプトン、平壌のステージに立つ。
喜ばしいことではなかろうか。

クラプトンといえば、現代におけるBluesの伝道師。
Bluesは、庶民が日々の暮らしの苦しさ等を歌い上げる“叫び”の音楽。
黒人も認める彼のBlues魂は、北朝鮮の庶民の心情をがっちり掴む
ことができるかもしれない。
ただし北朝鮮の庶民の大半は、彼のライヴを観ることなどできまい。
観客席に居並ぶのは、ごく限られた上流階級や高級官僚のお方々。
何とも皮肉な光景が展開されることだろう。
ステージ上の彼は、どんな表情で歌うのか。
きっと、いつもと変わらぬ様子で淡々とこなすに違いない。

奇しくも今夜(26日)は米国のニューヨーク・フィルハーモニックが
平壌で初の公演を行っている
。(MSN産経ニュースより)
最近はこういった動きが何かと活発であるようだ。
様々な方面による、様々な思惑が絡んでいるのは確実である。

音楽が外交や政治の道具として使われるのは、昔も今も変わらない。
クラプトンまでもその俎上に載せられてしまうのは複雑だが。
音楽の送り手としては、これほど名誉に感じることもあるまい。

私自身は、クラプトンに関心がない。
かなり昔に、つきあいでライヴを観に行ったことはある。
あまりにダルい内容だったので、とうとう最後まで席から立ち上がる
ことはなかった。周りは一斉に立ち上がって、熱狂していた。
会場内のほとんどの人々は、心を動かされたのかもしれないが。
私はそこまで至らなかった。
それだけのことだ。

ただクラプトンには、責任があると思う。
彼の音楽を、より「ふさわしい」相手に一人でも多く届ける責任が。
そうでなければ彼のBluesは、Bluesの本質から遠ざかることになる。

もっとも彼自身はそんな葛藤の時期からはすでに卒業してしまって
いるかもしれない。
彼は、彼のBluesを歌う。
今回もおそらくそうだろう。
世界各国どこへ招かれようと、彼の姿勢は変わるまい。

そんな彼の強い信念。
そのわずかでも北朝鮮の人々に伝われば。
何かが変わるかもしれない。
そして何も変わらないかもしれない。

ただクラプトンは、呼ばれた場所でギターを抱えて歌うだけ。
とてもシンプルだ。

そこに何かが介入する余地はない。
たとえ周囲がどう動こうと。





追記:

「演奏はすばらしかったけど…」平壌公演にライス長官
asahi.comより)

ライス長官は“玄人はだしのピアニスト”なのだそうだ。
確かに玄人級に歯は出ているが。


さらに追記:

平壌公演「計画ない」 エリック・クラプトン氏側否定
asahi.comより)

あらあら。

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