犬も歩けば暴挙に呆れる
こういう視点(画像参照)が、好きだ。
この写真はとある住宅街の、道路に面した民家の
一角に設けられた小さな花壇。
このあたりは近くに公園もあってか、犬の散歩
コースとして利用されることも多い。
長らく被害に悩まされ続けているのであろう。
いっこうに状況の改善が見られない。
飼い主に言ってもわからないのなら、犬に言う
しかない。当然の帰結である。
かくして人間は犬以下の存在とみなされた。
表現というものは、観点を変えることによって
相手にはっとする効果を与えることができる。
これを「異化(いか)」という。
発想の転換。立場の逆転。日常から非日常へ。
犬に散歩に連れていかれる人間。
散歩に出かける際に、何か忘れてないか?と
飼い主に問いかける犬。
え、何でしょう?と問い返す飼い主。
こいつしょうがないな、となかばあきれ顔で
飼い犬からスコップと袋を差し出され、
あ、すんませんと頭を掻きながら受け取る。
滑稽である。
滑稽だからこそ、印象に残る。
イメージとして頭の中に強く刻まれる。
日常は、ともすれば簡単に流れ去る。
多くのことを見落としつつ。
それを検証するには、いったん客観的に、
つまり非日常の視点に回らなければならない。
その作業に不可欠なのは、想像力。
現代人に最も求められるのは、それである。
経済力でもなければ発言力でもない。
真の意味で人生を豊かに過ごすためには。
柔軟なイマジネーションの翼を持つことが
肝要なのである。
ということを住宅街の一角の小さな立て看板が
我々に教えてくれている。
撮影:藤村彩家







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