棚からボタ山
ひょんなことから、次の記事を見つけた。
●上野英信と晴子—福岡・筑豊
(asahi.comトラベルより)
ひょんなこと、というか実際に上記ページを見てもらえば
わかると思うが、ネット上でボタ山の画像を探していて
偶然たどりついたのだ。
いちばん上の夕焼けが印象的な写真は少々加工して
ストーリーのページ内の『ボタアート』の挿絵として
使用させていただいている。
無許可なので内密にしておいてほしい。
とネットで書いていても意味はない。
上野英信(うえの・えいしん)については、正直言って
名前しか知らなかった。著作も読んだことがない。
ただ、その名前だけは以前から脳の片隅にずっと残っていて。
中学の頃からだろうか。ひょっとしたら何らかの個人的な
接点があったのかもしれないが、実際のところ全くわからない。
単に著作を読んでいてすっかり忘れてしまっているだけ、とも
考えられる。
筑豊の地で炭坑夫として働き、退職後に同地をテーマにした
「筑豊記録文学」とも呼べる作品を数多く発表している。
鞍手の炭住に住み、筑豊文庫と銘打った施設を旗揚げして
活動の拠点とする。
筑豊プロレタリアート、といったところだろうか。
つねに民衆と共にあり、庶民の目で世界を見つめる。
本人は山口県出身だが、すでに身も心も「筑豊人」だった
のだろう。
上記の記事では妻・晴子との微妙な関係が採り上げられている。
文学を通じて知り合ったにも関わらず、妻は夫から文学(短歌)
を禁じられたという。
それでも妻は亡くなる直前に「もう一度お父さん(:英信)と
一緒になりたい」と息子に語ったそうだ。
何やら愛憎入り交じった奇妙なバランスが存在したのだろう。
夫婦とは、面白い。
英信は次のような言葉を書き残して、この世を去った。
筑豊よ/日本を根底から/変革する、エネルギーの/
ルツボであれ/火床であれ
かつて筑豊は、この国を支えるエネルギー供給地であった。
今は、見るかげもない。
だが現在最も求められているエネルギーの源とは何か。
それは石油でも石炭でも地熱でも風力でも
トウモロコシでもメタンハイドレートでもない。
人間だ。
人間の強靭な意志の力を、全世界が欲している。
それがなければ、燃料もただの廃棄物である。
上野英信はそれを訴えたかったのではないか。
この国は、筑豊が変えてゆけ。
筑豊の人間が、世界を沸き立たせる熱源となれ。
ストレンジャーである彼が生粋の「筑豊人」として
後世の世代に送ったメッセージ。
それを我々は、今一度胸に刻む必要があると思う。
※トップ画像はここからお借りしました







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