思い出は大河の流れの如し
北京五輪の意外な死角発見、会場に洋式トイレがない!
(asahi.comより)
※トイレに関する話です。お食事中の方は以下の閲覧を中止することをおすすめします
まず、洋式トイレが「ない」わけではなく厳密には極端に少ない、ということで。記事執筆者の恣意的な“何か”を感じる。
ま、そこは今回本題ではないので特に触れない。
水洗トイレで使用済みの紙を流してはならない、という件。
かの地で実際に体験した。
もう20年以上前のことだが、私は中国本土に短期留学したことがある。
その頃は語学系の専門学校に通っており、学校行事の一環として中国語科の
クラス全員が参加することになった。総勢20名くらいだったか。
上海から列車で1時間くらいの、国内では中規模程度の都市。
総合大学の学生寮の一部を宿舎としてあてがわれた。
一応は留学生用、と銘打ってある。
でも海外からの留学生を受け入れたのは、おそらくその時が初めて
だったと思われる。
寮に到着して部屋に入る際に、「トイレに紙を流してはならない」と
厳重に言い含められた。
これはその当時、かの地では常識とされていた。
トイレットペーパーの質の悪さ(:水に溶けにくい)と下水設備の貧弱さ
により、排水管が詰まるおそれがあるというわけだ。
便器の脇にはポリ袋が用意され、使用済みの紙はここに入れろという。
なかなかにショッキングな光景だった。
部屋は三房に分かれており、二人ずつ相部屋で使用する。
トイレは三房共同。
つまり6人分の使用済みペーパーがひと袋に詰め込まれることになる。
寮の管理人さんがこまめに捨てに来てくれたので凄惨な状態を目にする
ことはなかったが、それでもやはりげんなりした。
他の人への気遣いから紙を通常より大量に使って「ごまかし」たりとか。
朝などは皆ぼんやりしていてつい習慣的に流してしまったりとか。
早々にカルチャーショックを感じたものだ。
ひとつ救いだったのは、留学生がすべて日本人であったことか。
米を主食とする民族は、便の匂いが比較的少ないといわれる。
肉がメインである欧米人の場合はかなり強烈ときく。
私は嗅いだことがないのでどれほどのものなのかわからないが。
以降、欧米各国からも留学生を招いた際には、相当に大変なのではないか。
想像もしたくない。
留学生を受け入れた大学側は、かなり背伸びをしていたと思われる。
わざわざ設備を改修したり、いろいろと手を尽くした痕跡が窺えた。
当時はまだ中国への留学自体が珍しかった。
天安門事件が起きる前の話である。
我々はまるで国賓か海外スターのように、ちやほやされた。
おかげで肝心の中国語は皆まるっきり身につかなかった。
大学には日本語学科もあり、そこの生徒たちが通訳をかって出るので
こちらが覚えたての中国語を活用する機会をことごとく奪ってしまうのだ。
結局、大枚はたいて遊びに行ったようなものだった。
20年ふた昔。
その後中国は開放政策により目覚ましい経済発展を遂げ。
街並みは大きく変貌し、もはや私がかつて訪れたあの国の面影はない。
すでに別物と化してしまった。
と思い込んでいたのだが。
こういう記事に接すると、私はなぜかほっとする。
ああ何も変わっていない。
これが中国なのだ。
これこそが中国なのだ、と。
決して嘲りの意味で言っているわけではない。
たった20年かそこらで、人々の生活習慣があまねく変わるわけはない。
ましてや彼らは悠久の歴史を刻んできた民族だ。
変化はつねにゆっくりと、大河の流れの如く。
私の知る中国が、依然として存在し続けていた。トイレの中に。
懐かしいが、会いたくない。
ネタ元:黒マッチョニュース
(asahi.comより)
※トイレに関する話です。お食事中の方は以下の閲覧を中止することをおすすめします
まず、洋式トイレが「ない」わけではなく厳密には極端に少ない、ということで。記事執筆者の恣意的な“何か”を感じる。
ま、そこは今回本題ではないので特に触れない。
水洗トイレで使用済みの紙を流してはならない、という件。
かの地で実際に体験した。
もう20年以上前のことだが、私は中国本土に短期留学したことがある。
その頃は語学系の専門学校に通っており、学校行事の一環として中国語科の
クラス全員が参加することになった。総勢20名くらいだったか。
上海から列車で1時間くらいの、国内では中規模程度の都市。
総合大学の学生寮の一部を宿舎としてあてがわれた。
一応は留学生用、と銘打ってある。
でも海外からの留学生を受け入れたのは、おそらくその時が初めて
だったと思われる。
寮に到着して部屋に入る際に、「トイレに紙を流してはならない」と
厳重に言い含められた。
これはその当時、かの地では常識とされていた。
トイレットペーパーの質の悪さ(:水に溶けにくい)と下水設備の貧弱さ
により、排水管が詰まるおそれがあるというわけだ。
便器の脇にはポリ袋が用意され、使用済みの紙はここに入れろという。
なかなかにショッキングな光景だった。
部屋は三房に分かれており、二人ずつ相部屋で使用する。
トイレは三房共同。
つまり6人分の使用済みペーパーがひと袋に詰め込まれることになる。
寮の管理人さんがこまめに捨てに来てくれたので凄惨な状態を目にする
ことはなかったが、それでもやはりげんなりした。
他の人への気遣いから紙を通常より大量に使って「ごまかし」たりとか。
朝などは皆ぼんやりしていてつい習慣的に流してしまったりとか。
早々にカルチャーショックを感じたものだ。
ひとつ救いだったのは、留学生がすべて日本人であったことか。
米を主食とする民族は、便の匂いが比較的少ないといわれる。
肉がメインである欧米人の場合はかなり強烈ときく。
私は嗅いだことがないのでどれほどのものなのかわからないが。
以降、欧米各国からも留学生を招いた際には、相当に大変なのではないか。
想像もしたくない。
留学生を受け入れた大学側は、かなり背伸びをしていたと思われる。
わざわざ設備を改修したり、いろいろと手を尽くした痕跡が窺えた。
当時はまだ中国への留学自体が珍しかった。
天安門事件が起きる前の話である。
我々はまるで国賓か海外スターのように、ちやほやされた。
おかげで肝心の中国語は皆まるっきり身につかなかった。
大学には日本語学科もあり、そこの生徒たちが通訳をかって出るので
こちらが覚えたての中国語を活用する機会をことごとく奪ってしまうのだ。
結局、大枚はたいて遊びに行ったようなものだった。
20年ふた昔。
その後中国は開放政策により目覚ましい経済発展を遂げ。
街並みは大きく変貌し、もはや私がかつて訪れたあの国の面影はない。
すでに別物と化してしまった。
と思い込んでいたのだが。
こういう記事に接すると、私はなぜかほっとする。
ああ何も変わっていない。
これが中国なのだ。
これこそが中国なのだ、と。
決して嘲りの意味で言っているわけではない。
たった20年かそこらで、人々の生活習慣があまねく変わるわけはない。
ましてや彼らは悠久の歴史を刻んできた民族だ。
変化はつねにゆっくりと、大河の流れの如く。
私の知る中国が、依然として存在し続けていた。トイレの中に。
懐かしいが、会いたくない。
ネタ元:黒マッチョニュース







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