名刺で霊視

プリクラ戦士

名刺メーカー
うそこメーカー〜おもしろシステムプロジェクト〜より)
ネタ元:ザイーガ

私はプリクラ戦士。
プリクラのためにこの身を捧げる。
プリクラ命と二の腕に彫っている。
プリクラをおかずにご飯3杯はイケる。
行こう行こう火の山へプリクリプリクラ。

名刺の起源はかなり古く、古代中国の後漢(西暦25〜220年)
あたりにまで遡るらしい(wikipedia:名刺)。
また、最初に使ったのは劉邦であったという話もある。
訪問先が不在のときに木や竹の札に自分の名前を書き、戸口に「刺して」
訪問したことを相手に知らせるためのものであったそうな。

となると営業に回った先(あるいは担当者)が不在のおりに自分の名刺を
置いておくのは由来に則った正しい使い方であるといえる。
面と向かって挨拶しているのにわざわざ名前の入った紙片を交換するというのは
考えてみればどうにも不思議な習慣だ。

しかし相手に自分を「印象づける」という意味では効果は大きい。
私の本名は少々珍しい苗字で、口頭ではなかなか伝わりにくい。
でも字を見てもらえればすぐにわかる。
そこから会話の糸口も生まれる。
そういったコミュニケーションのきっかけをつくるために発達した
アイテムなのだろうと思う。
日本は「読む」文化だ。

私は名刺交換を要するような職に就いた経験がほとんどない。
なので初対面の相手から受け取った時、対応に困る。
受け取った後も、どう保管すべきなのか迷う。あの中途半端なサイズ。
もう要らないから、といってきっぱり捨ててしまっていいものかどうかも
わからない。場合によっては身分証明の役割を成すので、取り扱いは慎重に
ならざるを得ない。
人の名前が書いてあるものを破り捨てるのは躊躇する。
こだわりすぎだろうか。
しかし紙はしばしば「意味」を持つ。
記載される内容によって価値が変わっていく。
紙幣にもなれば公文書にもなり、証明書にもなれば古文書にもなる。
人は紙を介して一喜一憂し、紙をめぐってドラマが生まれる。
紙の効力を侮ることはできない。軽んじてはならない。

名前が書いてある紙というのは、ある意味呪詛(じゅそ)だと思う。
自分の存在を相手の心に刻み付けるための、まじない。
使い方を誤れば、災いは自分に降りかかる。
現代人はそれを意識していない。あまりにも。
人間自体の「念」が弱くなっているのかもしれない。

エコがしきりに叫ばれる世の中。
それでも名刺の習慣が消えることはないのだろう。これからも。
その効能が続く限り。

名刺は、名前で、相手を刺すのだ。



追記:
名刺が散乱している人必見!春の一斉棚卸し!? 名刺整理大作戦
Nikkei BPnetより)

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