機械が招く機会

自販機

京都・太秦で仏像の自動販売機を発見エキサイトニュースより)
※写真はラスヴェガスにあるiPod自販機

正確に言えば仏像の、ではなく寺社に関するお土産品の自販機であるようだ。
本堂に安置されているような立派なものが取り出し口からごろんと出てくる
わけではない。そういう光景も日本的で楽しいかもしれないが。

観光地と化した神社仏閣の、参道にずらりと軒を連ねるお土産物屋さん。
あれを通り抜けるのが私は苦手だ。
売り子のおばちゃん連中が次々と声をかけてくる。鬱陶しい。
あの光景がすべて自販機に切り替わってくれたら、日頃はお土産物を買わない
主義の私も、ふいに気が変わって立ち寄るかもしれない。
どうやら私は対面方式による買い物が苦手らしい。

煙草を買うのにもほとんどの場合、自販機を利用してきた。
しかし今月から私の生活する地域においてもtaspoが導入され、いまだ
カードを手にしていない(申し込みはすでに終えているが実家に届いている
はずのものをまだ受け取っていない)私はやむを得ずコンビニ等で購入している。

また、通常の煙草屋さんも利用するようになった。
数はめっきり少なくなったが、昔ながらの店舗もまだ健在。
そこで「言葉を交わして」やり取りする買い物の楽しさを、久々に味わっている。
こういう機会がなければ、立ち寄ることもなかったであろう。
その点では、taspoに感謝している。

自販機の普及は、間違いなくコミュニケーションの機会を奪ってきた。
人件費うんぬんという以前に、それを消費者が求めたからだと思う。
だが商品によっては、対面販売という方式を取らざるを得ないものも厳然として
ある。医薬品など。私は薬も飲まない主義なので薬局にはほとんど立ち寄らないが。

煙草もある意味医薬品に近い。
全面的に対面販売にしてもいいのではないか、とも今では思い始めている。
実際にそうなってしまえばやはり困るが。

シンガポールに行った時、煙草売り場を見つけるのに苦労した。
かの地は禁煙志向が強い。売り場も少なく、さんざん歩き回ってとあるデパートの
地下街の一角にひっそりと売られているのをやっと見つけた。値段もバカ高い。
愛想の悪い店員さんにカタコトの英語で懸命に銘柄を伝え、ようやく購入できた。
ちなみに海外から持ち込む際には1本から申告・納税しなければならない。

そこまでやれとは言わないが。
本気で喫煙率を下げたいのであれば、気軽には買いにくい状況をつくるのも
ひとつの手段なのではないか、と思う。

旅は基本的に、人と人との触れ合いをテーマとすべきである。
非日常であるからこそ、思いがけない交流が生まれる。
自販機は、まぎれもなく「日常」。
我々は非日常においても、日常と同様の便利さと快適さを求めるものなのかも
しれない。

ゆくゆくは対面販売も、オンラインによるコントロールセンターからの遠隔操作で
モニタ映像と音声を通してやり取りされるようになるだろう。

参道の脇をびっしりと埋め尽くすモニタ画面。
そこに映るのは元気の良いおばちゃんCG。
スピーカからけたたましい招き声。

観光地は、近未来でもなお鬱陶しい。




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