時代は変わる (The Times They Are A-Changin)

ボブ・ディラン

ボブ・ディランがピュリッツァー賞受賞。ロックミュージシャンでは初!eiga.comより)

ピューリッツァー賞といえば報道分野、というイメージが強いが。
もっと広い意味での「社会貢献」を成し得た人に贈られる賞、という
捉え方が浸透しているようだ。

報道、というものの在り方が時代の流れによってどんどん移り変わっていく
ためかもしれない。特に近年においては、インターネットが従来の「報道」の
立ち位置を大きく揺るがせているように思える。
ジャーナリズムは、世界の動きに合わせて進化することができるか。
という話題は今回のテーマではないので省く。

ボブ・ディランだ。
彼とピューリッツァー賞(特別賞)。なかなかに異色の組み合わせ。
だが、すぐにうなづける。
彼の書く歌詞はアメリカ人の抱える矛盾や苦悩をそのまま描き出す。
これはフィクションには違いないが、受け手の中ではきっとリアルな「体験」
として響き、今日まで語り継がれてきたのではないか。

創作と、報道。
一見相反するように思えるこの二つの事象。
だが第三者に「伝える」という行為においては共通する。

何を伝えるか。
それがたとえ事実に基づくものではなかったとしても。
伝えることによって、何を生み出すか。
そこが最も大切なのではないか。

「事実」は、あくまでも当事者のものだ。
誰かの手によって伝え聞いた時点で、事実はどうしても歪曲してしまう。
報道は、真実へと導くことはできても、事実そのものを完全な形で伝えることは
決してできない。

ディランは、言うまでもなく報道関係者ではない。
だが彼が聴衆に伝えてきたことは、間違いなくそれぞれに影響を与えた。
感情を揺さぶらせ、考えさせ、行動を起こさせてきた。
ペンやカメラではなく、ギターを使って。
本質的には、ただそれだけの違いなのかもしれない。

彼は淡々と、見張塔からずっと、見たことを語り続ける。
美しいとはとても呼べないあの声で。

戦場や、難民キャンプへおもむくことはないかもしれないが。
それでも「報道」は成立する。
彼の存在が、それを証明しているように思える。

語れ。心のままに。


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