夢見るオッサンでいられない

夢見るオッサンでいられない

夢の内容を自由自在にコントロール!“明晰夢”を見る方法とは? R25より)


夢の中でそれが夢であると自覚できる夢のことを「明晰夢」というそうだ。要は無意識の中の出来事であるはずの夢を意識的にコントロールすることができるということである。この明晰夢を見ることが出来る人は少数だと言うが、そんなことはないと思う。かく言う私、その明晰夢なるものをよく見る。

たとえば黒ずくめの衣裳を纏った敵が銃を持って追いかけて来ているとしよう。必死で逃げる私は少しづつ走るスピードが落ち、ついには足を一歩も踏み出せないまま立ちすくむ。銃声が少しづつ近づいて敵の姿が見えてきた。と、ここで「これは夢だ」と言い聞かせるような声が聞こえてくるんだ。すると石のように固まっていた足が軽くなり、何故か手にしているピストルで応戦したり、ビルの屋上にテレポーテーションで移動したり、敵の背中におんぶしたりとやりたい放題。加えて男の夢の定番と言えばセクシャルなものであるが、それはもうスゴいのなんのって、小中学生に大人気のobsqrでは言えないような、くんずほぐれつのゴーヤチャンプルーとマンゴーフルーツの祭典だ。

考えてみるにこの明晰夢、極端な夢の時に出現するような気がする。例えようもない恐怖感や天にも昇る高揚感といった両極端の夢を見る時に限り「あっ、これは夢なんだ」と意識する瞬間がある。これは何も特別な才能なんかではなく大脳の前頭葉が少し起きている状態に発生するという。だからその状態を作り出すことが出来れば誰にでも明晰夢を見ることができるということだ。明晰夢を見るためのトレーニング方法は元記事に詳しいから割愛するとして、要は夢を思い出そうとするモチベーションの問題であると説いている。

私が明晰夢をよく見るのはおそらく誰よりもこのモチベーションが高かったからだろう。中・高生の頃、気になる女子が出演した夢とあらば、授業中だろうが給食時間だろうが、その日一日かけてでもあれやこれやと思い出そうとした努力の成果だと言っていい。失った時間の代償は計り知れないけれど、少しは想像力の鍛錬になったのではないだろうか。

自らの無意識が考えた脚本に自らが出演し演じる。その仮想空間での架空の出来事はまさにインターネットに通じるものがある。夢だからといって傍若無人な振る舞いをしていれば、やがて現実世界を浸食するほどの破壊力を産むだろう。昨今の歪曲した想像力が引き起こす犯罪を見れば一目瞭然だ。幸い私は明晰夢と現実の境界線はしっかりと見極めることができる。それは現実の世界で私に関わってくれるすべての人のおかげであると思っている。

夢をコントロールすること。それは楽しいことかもしれないが、現実の世界で自分自身をコントロールしながら生きることには遠く及ばない。



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