切羽詰まって電波つながる
操作する場所を求めて–「ケータイ利用目的のトイレ難民」3割が経験(CNET Japanより)
私は携帯電話を使用している様子を、他人に見られるのが嫌だ。
通話ならまだしも、メールチェックやページ閲覧などで画面を注視している姿など
は本当に見られたくない。
別に特殊なポーズで閲覧するとか、閲覧時に人格が豹変するとかそういう理由では
ないのだが、何となく嫌なのだ。
恥ずかしい、という感覚が最も近いかもしれない。
ケータイの使用というものは、プライヴェートな領域が大きく絡んでくると思う。
それを公の場で挙行することに、少なからず抵抗を感じてしまう。
ましてや、あの小さいディスプレイを眺めている間、人は途轍もなく無防備になる。
途轍もなく、と書いてみたが途轍とは一体何だろう。
「とてつもない」の「とてつ」って何ですか?(Yahoo!知恵袋より)
途轍とは道筋、道理。
道理・常識を外れていること。とんでもないこと。
ちなみに「とんでもない」という言葉も語源は「途(と)でもない」であり
途轍と同じく“道筋”から逸脱している状況を表す。
ちなみに福岡にはDO-TETSUというミニを専門に扱うショップがあるが
これをドテツと読んではならない。
街角で、無防備な状態で立ち尽くすなど危険きわまりない。
ズボンを下ろして電車を待つような行為は常識人にあるまじき所業である。
鼻毛を抜きながらATMの順番待ちレーンで時をやり過ごすなどという暴挙は
ある意味テロリズムにも匹敵する。それに飽き足らず抜いた鼻毛を前に並ぶ人の
肩にそっと移植していくともなれば、事態はまさに阿鼻叫喚。
やめて下さい亜琵教官良いじゃないか少しぐらい君がこの教習所を卒業できるか
どうかはこの私の胸先三寸で私のシフトレバーは三尺八寸なのだよでも君は
オートマ限定の乙女免停だからマニュアルなアニマルである私は後方確認忘れずに。
とにかく無防備な状況をむやみに人前に晒すべきではないのだ。
人々がケータイを操作するためにトイレに駆け込むという状況。
それはケータイを使用することがうんこをするのと同様にプライヴェートな行為
であることを現していると思う。
だが、本当にうんこをしたい人にとっては迷惑である。
メールを読んだりサイトを閲覧したりするのは給湯室でも非常階段でもできるが
うんこは給湯室や非常階段ではできない。警備員室やエレベータでもできない。
ロビーや屋上でもできない。ならば思い切って窓から。いややっぱりできない。
トイレという空間もまた、共用である限りは、公の場であることに違いない。
しかしながらプライヴァシーを要する際にはそこへ逃げ込む「しか」ない。
現代社会のつらい面である。
ケータイの利用マナーと社会との折り合いは、まだついていない。
文化が始まったばかりなのだ。
これを育てていくために我々は、さらなる時間を必要とすることだろう。
その結果本当にうんこをしたい人々は当分の間、個室を占領されて路頭に迷う
ことになる。
ああ私は本当にうんこをしたいのに。
本当にうんこをしたい人用の個室を設置してほしい。
電車にシルバーシートがあるように。今の私に席を譲ってほしい。
おお紙よ。いや神よ。願わくば私に便座を。ウォシュレット付きならなお可。
トイレがプライヴァシーの「最後の砦」になってしまうのは、なんだか悲しい。
参考:年間85万台の携帯電話がトイレに落ちて壊れている(GIGAZINEより)
12歳からのマナー集―インターネット、ケータイから、電車内マナーまで (PHP文庫 た 29-9)

PHP研究所 2007-07
売り上げランキング : 231803
Amazonで詳しく見るby G-Tools






コメントを書く