オトナになったらまたおいで
「まぢわかんない」「悪い大人を取り締まって」――携帯フィルタリングに未成年者の反応は
(ITmedia Newsより)
ケータイのフィルタリングが、すでに開始されている。
いくぶん混乱も生じているようだが、やがては収束すると思う。
子供たちは適応力が優れているし、抜け道も知っている。
事態はよりアンダーグラウンド化するかもしれない。
obsqrもケータイ対応を謳っている。
比較的長文が多いので小さな画面で文字を追うのはつらいと思われるが、
まあ読めないことはない。
しかし内容からすれば明らかにケータイ向けではないと思う。
我々はネットを使って「表現」している。
ケータイによる閲覧ではその表現の手法に、多くの形で制限が加わって
しまう。画像の表示、コンテンツの再生等。それは我々の本意ではない。
それでもケータイ対応にしたのは、世の中にはまだまだ
ケータイでしかインターネットを利用する手段を持たない層が
たくさん存在する、ということを考慮した結果である。
アクセスへのチャンネルは残しておきたい。
むしろ、本当に読んでほしいのは筑豊の明日を担う若年層だ。
彼らは筑豊に愛着を感じているだろうか。
感じなくても構わないが、知っておいてほしいことはたくさんある。
しかしそうやってせっかく開いた門戸を、向こうから閉じられてしまうのは。
やはり悲しい。
ここobsqrは、はたして「有害サイト」の仲間入りをするのか。
有害かもしれない。
少なくともここに掲載される文章は、青少年が読むことを想定して
書いているわけではない。きわどい表現もある。もろアウトな表現もある。
一発退場処分や出場停止処分を食らいかねない表現もある。
そういうのが好きだからだ。というかそういうのしか書けない。
ただし我々はつねに、我々自身にフィルタリングをかけている。
ある面で意識的に、ある面で無意識に。
ここで掲載される内容に全責任を負っている。
残念なことに世の中には、フィルタリングの甘いオトナも多い。
だからこそケータイ会社が選別をしなければならない状況になったのだろう。
教科書問題でもそうだが、振り回されるのはいつも子供達だ。
ところで青少年向けのコンテンツとは、何だろう。
青少年に「ふさわしい」コンテンツとはどんなものなのか。
文部科学省推薦サイトというのはあるのだろうか。
調べてみたがよくわからない。
あるのだろう、きっと。
あるのだろうが、その中身はNHK教育テレビの番組みたいな奇妙な
違和感の漂うものになるだろう。その違和感を敢えて楽しむという
スタンスも確かにあるが。それは万人向けではない。
血の通わないウェブサイトは、ウェブに存在する意味がない。
結局のところ青少年の行きたいところは青少年自身が決めるべきだ、
と私は思うのだが。
携帯電話の場合は大半において、親が料金を支払っているだろうから
使用方法に口出しされても文句は言えない。
そういうシンプルな結論に逃げ込まざるをえない。
しかし我々は知っている。
オトナから禁止されたものを執拗に追い求める子供達の情熱。
誰しも身に覚えがあるはず。
彼らはオトナが用意した障壁を、軽々と乗り越えてしまうだろう。
ましてや彼らは、すでに知ってしまっている。
ネットワークの蜜の味を。
我々はテレビに育てられた世代。
そして現代は、ネットが子供達を育てる。
望むと望まざるとにかかわらず。
変化は、すでに始まっている。
(ITmedia Newsより)
ケータイのフィルタリングが、すでに開始されている。
いくぶん混乱も生じているようだが、やがては収束すると思う。
子供たちは適応力が優れているし、抜け道も知っている。
事態はよりアンダーグラウンド化するかもしれない。
obsqrもケータイ対応を謳っている。
比較的長文が多いので小さな画面で文字を追うのはつらいと思われるが、
まあ読めないことはない。
しかし内容からすれば明らかにケータイ向けではないと思う。
我々はネットを使って「表現」している。
ケータイによる閲覧ではその表現の手法に、多くの形で制限が加わって
しまう。画像の表示、コンテンツの再生等。それは我々の本意ではない。
それでもケータイ対応にしたのは、世の中にはまだまだ
ケータイでしかインターネットを利用する手段を持たない層が
たくさん存在する、ということを考慮した結果である。
アクセスへのチャンネルは残しておきたい。
むしろ、本当に読んでほしいのは筑豊の明日を担う若年層だ。
彼らは筑豊に愛着を感じているだろうか。
感じなくても構わないが、知っておいてほしいことはたくさんある。
しかしそうやってせっかく開いた門戸を、向こうから閉じられてしまうのは。
やはり悲しい。
ここobsqrは、はたして「有害サイト」の仲間入りをするのか。
有害かもしれない。
少なくともここに掲載される文章は、青少年が読むことを想定して
書いているわけではない。きわどい表現もある。もろアウトな表現もある。
一発退場処分や出場停止処分を食らいかねない表現もある。
そういうのが好きだからだ。というかそういうのしか書けない。
ただし我々はつねに、我々自身にフィルタリングをかけている。
ある面で意識的に、ある面で無意識に。
ここで掲載される内容に全責任を負っている。
残念なことに世の中には、フィルタリングの甘いオトナも多い。
だからこそケータイ会社が選別をしなければならない状況になったのだろう。
教科書問題でもそうだが、振り回されるのはいつも子供達だ。
ところで青少年向けのコンテンツとは、何だろう。
青少年に「ふさわしい」コンテンツとはどんなものなのか。
文部科学省推薦サイトというのはあるのだろうか。
調べてみたがよくわからない。
あるのだろう、きっと。
あるのだろうが、その中身はNHK教育テレビの番組みたいな奇妙な
違和感の漂うものになるだろう。その違和感を敢えて楽しむという
スタンスも確かにあるが。それは万人向けではない。
血の通わないウェブサイトは、ウェブに存在する意味がない。
結局のところ青少年の行きたいところは青少年自身が決めるべきだ、
と私は思うのだが。
携帯電話の場合は大半において、親が料金を支払っているだろうから
使用方法に口出しされても文句は言えない。
そういうシンプルな結論に逃げ込まざるをえない。
しかし我々は知っている。
オトナから禁止されたものを執拗に追い求める子供達の情熱。
誰しも身に覚えがあるはず。
彼らはオトナが用意した障壁を、軽々と乗り越えてしまうだろう。
ましてや彼らは、すでに知ってしまっている。
ネットワークの蜜の味を。
我々はテレビに育てられた世代。
そして現代は、ネットが子供達を育てる。
望むと望まざるとにかかわらず。
変化は、すでに始まっている。







コメントを書く